万葉集その四百三(華麗なる送別の辞)

長谷寺の紅葉(奈良)
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正歴寺の紅葉(奈良)
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葛城山のつつじ(奈良)
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根津神社のつつじ(東京)
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高千穂神社の八重桜とつつじ (千葉県佐倉市)
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根津神社のつつじ(東京)
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千鳥が淵の桜 (東京)
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同上
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春秋は人事異動の季節、宮仕えは昔も今も悲哀こもごもの時を迎えます。
732年 朝廷は藤原宇合(うまかい)を西海道節度使に任命しました。
西海節度使とは対馬、壱岐を含む九州全域の軍事一切を監督する指揮官のことです。
8月に発令されて準備を整え、10月にいよいよ出発。
現在の暦だと11月ころでしょうか。
親しい人たちは、難波からの船便に向かう宇合を国境の龍田の麓まで送り
送別の宴席を設けます。
酒宴たけなわのころあいを見はかって長年の部下であり個人的にも親密な関係であった
高橋虫麻呂が心を込めて送別の辞を詠いだしました。
先ずは訳文からです。

長歌訳文

「白雲の立つという その龍田の山が、
 冷たい露や霜で赤く色づく時に
 この山を越えて 遠い旅にお出かけになるあなた様は、

 幾重にも重なる山々を踏み分けて進み
 敵を見張る筑紫に至り着き
 山の果て野の果てまでも くまなく検分せよと
 部下どもをあちこちに遣わし
 山彦のこだまするかぎり
 ヒキガエルの這い廻るかぎり
 国のありさまをご覧になって
 冬木が芽吹く春になったら
 空飛ぶ鳥のように 早くお帰り下さい。

 あなた様が帰っていらっしゃったならば 
 ここ龍田路の岡辺の道に 
 赤いつつじが咲き映える時、 桜の花が咲きにほふ その時に
 私はお迎えに参りましょう。」
              巻6-971 高橋虫麻呂
反歌訳文
「 貴方は 相手が千万の大軍であろうとも とやかく言わずに 
  討ち取ってこられる立派な男、武士(もののふ)だと思っております。」 巻6-972 同上

 訓み下し文


「 白雲の 龍田の山の 露霜に 色づく時に 
  うち越えて 旅ゆく君は 

  五百重山(いほへやま) い行きさくみ 
  敵(あた)まもる  筑紫に至り 
  山のそき  野のそき見よと 
  伴の部(へ)を  班(あか)ち遣(つか)はし  
  山彦の 答へむ極み 
  たにぐくの  さ渡る極み
  国形(くにかた)を 見したまひて 
  冬こもり 春さりゆかば 
  飛ぶ鳥の  早く来まさね 

  龍田路の 岡辺(をかへ)の道の 
  丹つつじの にほはむ時の  桜花 咲きなむ時に
  山たづの 迎へ参(ま)ゐ出む 君が来まさば 」

        巻6-971 高橋虫麻呂 (一部既出)

「 千万(ちよろず)の 軍(いくさ)なりとも 言(こと)挙げせず
    取りて来ぬべき 士(をのこ)とぞ思ふ 」

       巻6-972 高橋虫麻呂


語句解釈(6-971)

「龍田山」 :奈良県生駒郡 生駒連峰の一群
「い行きさくみ」 :「い」は接頭語 「さくむ」は踏み分け押し開く
「山のそき、野のそき」 :「そき」 遠く離れた果ての意
「伴の部」 : 付き従う部下
「斑(あか)ち遣はし」 :分かち、配属させ
「たにぐく」 : ひきがえる 広範囲に這い回るので「渡る」の枕詞とされた。

「山たづ 」: にわとこの古名 枝や葉が対生して付き、手を広げて
         出迎えているように見えるので迎えの枕詞とされた。
同(6-972)
 「軍(いくさ)」 : 兵士 軍勢 ここでは敵
 「言挙げ」 :言葉に出して事々しく言い立てること

作者の高橋虫麻呂は36首の歌を残しましたが、確実に虫麻呂作と確認できるのは
この2首のみです。
残り34首はこの長短歌の特徴を様々な角度から分析した結果、
「虫麻呂作にほぼ間違いない」というのが大方の共通認識となっています。

長歌は3部構成になっており、行間を1行空けたところが1区切りです。
まず第一幕

「 時は紅葉まっただ中の秋。
  場所は白雲が沸々とわき昇る龍田山の峠。
  黄、紅、緑、白。 極彩色を背景にして宇合の登場。
  虫麻呂は旅ゆくあなた様はと詠いかけます 」

 そして第2幕
   「遥か九州までの旅路で多くの山々を踏み分け、外敵を防御している
    筑紫に入り、山の果て、野の果てをよく調べよと部下を指示し
    自分も見て回り、首尾よく任務を果たされたら飛ぶように
    お帰り下さい。」
  と宇合のこれからの行動を細かく想像して書き連ねています。

第3幕
  「 いよいよご帰還。
  それは桜や躑躅(つつじ)が満開の頃。
  緑豊かな龍田の丘に、立ちのぼる白雲。
  私は心を弾ませながらあなた様をお迎えいたしましょう。」

 色彩感豊かに詠いあげ、現在と未来を詠う虫麻呂独特の美の世界です。
 このままでは作者のロマンティズムが強すぎ、宇合にとって送別の歌としては物足りない。
 そこで締めくくりの短歌です。

「 どれほど多くの敵がいようともあなた様はまことの武士(もののふ)。
  不平を言ったり愚痴をこぼしたり(言挙げ)しないで、
  敵を討ち取ってきて来てください。
  武運長久をお祈りしています。」 と詠ったのです。

宇合は716年に遣唐副使、726年には東国の按察使に任じられており、
今回は九州への赴任。
「これではまるで一生 旅人のように辺境の仕事に従事するのか」と
気落ちしたような漢詩を作っています。

「 往歳(わうさい) 東山(とうさん)の役
  今年 西海の行
  行人(かうじん) 一生の裏(うち)
  幾度か 辺兵(へんぺい)に倦(う)む 」   藤原宇合 懐風藻


( 前に東山道の役に任じられ
 今は西海道の節度使として赴く
 流浪の身 おれは一生のうちで
 幾度辺土の士となればすむのか 」
        ( 懐風藻 江口孝夫訳 講談社学術文庫より)

虫麻呂はこの漢詩を踏まえて愚痴など言わないで志を高く持ち、しっかり
任務を果たしてきて下さいと勇気づけたのです。

藤原不比等の子、宇合は光明皇后(聖武天皇の后)と異母兄妹の関係にあり、
直ちに中央のエリート顕官になってもおかしくない身分ですが、
将来国を背負って立つ有為な人材として若いうちに色々な経験と苦労を
積ませるという配慮がなされたものと思われます。

無事任務を果たした宇合は栄達を重ね、参議式部卿に登りつめました。

 「紅葉山 抜け来し色に 竜田川 」   菅原くに子
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by uqrx74fd | 2012-12-22 17:03 | 生活

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