万葉集その四百六(杉の文化)

( 杉に囲まれて立つ室生寺の五重塔(奈良)
b0162728_8243533.jpg

( 杉に寄り添う石楠花 :室生寺 )
b0162728_825555.jpg

( 苔むす杉 : 室生寺 )
b0162728_8252633.jpg

( 杉の新葉 枯葉 : 室生寺 )
b0162728_8254866.jpg

(  杉の実  奈良公園 )
b0162728_826986.jpg

( 杉の根   奈良公園 )
b0162728_8263321.jpg

( 大神神社の神杉  奈良三輪山 )
b0162728_8265362.jpg

(  杉の巨木の脇にたたずむ石仏  鎌倉 浄智寺 )
b0162728_8271950.jpg

間もなく花粉症に悩まされる季節が到来します。
然しながら、杉が厄介者扱いになったのは戦後のことで、私たちの祖先の生活は
杉と共にありました。
太古の昔から豊富に自生していたこの木を人々はそれを最大限に利用しながら、
絶やさないようにいたるところで植栽を続けてきたのです。

杉が本格的に利用されたのは「稲と鉄と杉の文化期」とも云われる弥生時代です。
静岡県の登呂遺跡で2万坪に及ぶ水田の全面積を区画するため、畦路(あぜみち)に
杉の板をびっしりと打ち立てて土留にしていた(矢板)ことはよく知られており、
稲の生産拡大に大きな役割を果たしていました。

豊富にあった杉の天然林も藤原京、平城京という大規模な都づくりが進むと共に
伐り過ぎたのでしょうか。
早くも植林がなされていたことが次の歌からも窺えます。

「 いにしへの 人の植ゑけむ 杉が枝に
       霞たなびく 春は来(き)ぬらし 」  
                巻10-1814 (既出) 柿本人麻呂歌集


( 古の人が植えて育てたというこの杉木立の枝に霞がたなびいている。
 もう間違いなく春がきているのだなぁ。 )

杉は間伐をし、枝打ちをしなければ真っ直ぐに、また大きく育ちません。
作者は鬱蒼と茂る見事な杉木立を眺めながら古人が植樹をしたものだろうと、
その遺徳を讃えながら春の来訪を寿いでいます。
これほど古い時代に樹木を植えたという記録は世界でも例がなく驚くべきことです。

「 鳥総(とぶさ)立て 足柄山に 船木伐(き)り 
     木に伐り行きつ あたら船木を 」
               巻3-391  沙弥満誓 (さみ まんぜい)


( あの男め! 鳥総を立てて、足柄山の極上の木を何でもない木として
伐っていきおったわい。 むむぅ-!
 むざむざ伐るには勿体ない立派な船木だったのに )

「鳥総」とは枝葉がついたままの梢の部分をいい、人々は木を伐採した後、
「鳥総」の切っ先を切り株や地面に突きたてて木の再生を神に祈りました。
接ぎ木の起源とも云われている儀式です。

この歌は世間で評判の美女、しかも、自分もかねてから目をつけていた女性を 
ある男がいとも簡単に妻にしてしまったことを譬えた歌のようです。(伊藤博:万葉集釋注)
「船木」は妙齢の美女 「鳥総立て」に結婚を暗示しています。

当時、足柄のほか能登、伊豆、熊野で造船が盛んだったことが知られており、
山で伐採した丸木をその場で刳りぬき、刳り船として川に流し海辺で
舷側などをつける作業をしていたようです。

とりわけ足柄山は船の良材を産する地として名高く、この山の杉で造った船は
他に比べて格段に船足が軽いので足軽(あしがら)の名が起こったという言い伝えも
あります。(相模国風土記)

古の人たちは杉を建築用材、畦路(あぜみち)の補強材、船材に使用したほか、
竹と組み合わせて樽を作り、大量の味噌、醤油、酒の保存と運搬を可能にし、
物流を拡大していったのです。

「 み幣(ぬさ)取り 三輪の祝(はふり)が 斎(いは)ふ杉原
    薪(たきぎ)伐(こ)り ほとほとしくに 手斧取らえぬ 」 
                        巻7-1403 (旋頭歌) 作者未詳


「 幣帛(へいはく)を手に取って三輪の神官が斎(い)み清めて祭っている杉林。
  その杉林で薪を伐って、すんでのところで大切な手斧を取り上げられる
  ところだったよ 」

手を出してはならない人妻、身分違いの女性、あるいは巫女なの神職にちょっかいを
出し、危うく制裁されかかった男の歌のようです。

杉の巨木は神の依り代として注連縄(しめなわ)で飾られて保護されていることが多く、
「神木は絶対に伐採してはならない」と我々は思いがちですが、古代では
一定期間神木として祀ったのち伐採して利用したと考えられています。

そもそも神社や寺を建てる時に、良質な杉、檜を得やすい美林が存在する地を選定し、
その材を神社仏閣の建築用材に用い、修理、補強の時も適時伐採して
利用していたのです。
さらに樹皮は屋根に、葉は線香や薬用、樹脂は傷用の軟膏にと驚くほど用途が
多く、杉林があれば燃料にも事欠かなかったことでしょう。

 「  米搗(つ)くと かがるこの手に 何よけむ
      杉の樹脂(やに)とり 塗らばか よけん 」 長塚 節


「米搗く」とは籾殻を除去して精米にする作業をいいます。
「かがる」は「あかぎれが切れる」ことで治すには「杉の樹脂(やに)がよろしい」と
詠っていますが、次の万葉歌を本歌取りしたもの。
作者はからかいながら楽しんでいるようです

「 稲搗けば かかる我(あ)が手を 今夜(こよい)もか
   殿の若子(わくご)が 取りて嘆かむ 」 
                 巻14-3469(既出) 作者未詳


( 稲をついて ひびわれした手 今夜もまたお屋敷の若様が この私の手を取って
 可哀想にとおっしゃるでしょうか )

「 いつの間(ま)も 神さびけるか 香具山の
   鉾杉(ほこすぎ)が末(うれ)に 苔むすまでに 」
             巻3-259 鴨君足人(かものきみたりひと)


( いつの間にこうも人気(ひとけ)がなく、神々しくなったのか。
  香具山の尖った杉の大木の梢に苔がつくほどに ) 

都が藤原京から平城京に移ったあと、人も少なくなり閑散としている寂しさを
詠った一首で、「苔むすまでに」というフレーズは早くから使われてきました。

鬱蒼と茂る杉の巨木に神の息吹を感じ、畏敬の念を感じたのでしょうか。
社殿のなかった時代、人々は山や巨木、石などを信仰の対象としていました。
中でも奈良の三輪山は山そのものをご神体としていることでもよく知られています。

   「我がいほは 三輪の山もと 恋しくは
      とぶらひ来ませ 杉立てる門(かど) 」 
                       古今和歌集 よみ人しらず

[PR]

by uqrx74fd | 2013-01-13 08:28 | 植物

<< 万葉集その四百七(東人の富士)    万葉集その四百五(富士山) >>