万葉集その四百七(東人の富士)

( 吾妻山公園からの富士山  2013.1.12 撮影 )
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( 忍野八海 )
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( 朝焼け富士  山中湖から)
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( 三国峠から )
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( 三島から   巨大な噴火の跡 )
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( 青木ヶ原樹海    yahoo画像検索より )
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「万葉集の富士には二つの顔」があるといわれています。
一つは都の人々、今一つは富士山と共に生活している東の国の人が詠ったものです。

都の人たちは秀麗な富士山の姿を目の当たりにして歓声を上げ、最大限の賛辞を捧げて
詠い、都に帰ってからは「言い継ぎ、語り継ぎゆかむ」と、その美しい姿や
噴火するさまを何度も繰り返し周りの人々に伝えたことでしょう。

一方、駿河や伊豆に住む人々にとっての富士は、肥沃な裾野で田畑を耕し、
薪や新鮮な水を供給してくれる大切な生活の場でした。

毎日空を見上げて雪が降り過ぎないか、噴火の灰が降ってこないかと心配し、
時には木の下でデートを重ね、樹海の迷路を恋の迷いに譬えて心の内を語り、
噴火する山を眺めながら恋人に対する燃える想いを重ねて詠ったのです。

富士山は東国の人々にとってあまりにも身近な、当たり前の存在であったため、
その美しさ、崇高さを詠ったものが一首もないというのも当然かもしれません。

残された数々の歌から人々の生活の様子を探ってゆきますが、方言で詠われた
たどたどしい調べは素朴で温かみを感じさせるものばかりです。

「 さ寝(ぬ)らくは 玉の緒ばかり 恋ふらくは
    富士の高嶺の 鳴沢(なるさは)のごと 」  
                        巻14-3358 作者未詳


( 共寝するのは ほんのちょっぴり それなのに、この恋しさはどうだ。
 富士の高嶺の鳴沢で溶岩が崩れ落ちて物凄い音を立てているように
 俺の心は鳴りやまずだよ )

「さ寝」は満ち足りた眠り、即ち女性と共寝することで、
「玉の緒ばかり」とは、玉を繫いだ紐のように細くて短いの意らしく、
共寝の時間と回数が少ないことを嘆いています。
  鳴沢は西湖の南に鳴沢村の名が残っており、富士山西側の大沢崩れあたりのようです。
  恋の想いの強さを富士の噴火爆発に重ねるとは大げさな表現ですが、
土地に住む人しか詠えない実感が伴う一首です。

「 ま愛(かな)しみ 寝(ぬ)らく 及(し)けらく さ鳴(な)らくは
    伊豆の高嶺の 鳴沢(なるさは)なすよ 」 
                               同 或る本の歌に曰く

( 可愛さのあまり寝たのは数えきれない位だよ。
 それにつけても、この噂の轟きは 伊豆の高嶺の鳴沢なみよ )

「ま愛(かな)しみ」は切ないまでにいとしい。
「及(し)けらく」は「次から次へと繰り返す」の意
「鳴沢なすよ」は「鳴沢のようだよ」

伊豆の高嶺は天城山または伊豆から見える富士山とも言われています。
鳴沢は地名ではなく音高く流れる渓流の意かもしれません。
山崩れの音にせよ、奔流する水音にせよ、心は同じ轟音です。

都会の宮人の取り澄ました様子が微塵もない庶民たち。
苦しい生活を笑い飛ばすような愉快な歌で、宴会やお祭りで詠われた
民謡だったのでしょうか。

「 富士の嶺(ね)の いや遠長き 山道(やまじ)をも
   妹がり とへば  けによはず 来ぬ 」 
                      巻14-3356 作者未詳


( 富士の嶺の麓のやたらに遠く長い山道、それも岩がごろごろ。
 そんな道をも いとしいおまえの許へと思えば 心軽々 すいすいと
 やってきたことよ )

「妹がり」は「妹の許へ」
「とへば」は「~といえば」で「あなたの許へ行くと思えば」。

「けによはず」は難解。
「け」を「息」とするか「日数」とするかで解釈が分かれますが、ここでは
「息」と解釈し「よはず」は「及はず」で「息も切らせないで」とします。
「思うて通えば千里も一里 」です。 

場所は愛鷹山の鞍部(山の稜線のくぼんだところ)を通る十里木越え(850m)と
推定されていますが、溶岩がごろごろしている山道を走り通した男は
「どうだい! お前さんに逢いたい一心で韋駄天のごとく走ってきたぞ」と
自慢げに鼻をうごめかせている様子が目に浮かぶような一首です。


「 天の原 富士の柴山 木(こ)の暗(くれ)の
     時 移(ゆつ)りなば  逢はずかもあらむ 」 
                   巻14-3355 (既出174夏影) 作者未詳


( ここ富士山麓は木々が生い茂り、鬱蒼として暗いばかり。
 「この季節この時間に会おう」と互いに約束し、長い間待っているのに
とうとう日が暮れてしまったよ。 もう二度と会えないのだろうかなぁ ) 

「天の原」は富士の長く続く稜線を思い起させます。
人々にとって柴伐る山は、時には樹海の木の下闇で逢い引をする
場所でもありました。

「木の暗(このくれ)」「この暮れ」と掛けた言葉に時が刻々と過ぎゆき、
夕暮れが迫ってきている様子と男の暗澹たる気持ちが重なります。

胸を弾ませて約束の場所に来たのに、約束の時間をとうに過ぎても
姿を見せない恋人。
母親から猛烈に反対されているのでしょうか。
「あんなに固い約束を交わしたのに」と 諦めきれずに暗闇に佇む男です。

「 天の原 初富士の吹雪 ながれやまず 」  渡辺水巴

律令制のもと庶民の生活は食うや食わずの日々でした。
その苦しさの中、人々はお互いに助け合い、励まし合いながら
時には笑い、時には恋に燃えて生きる喜びを見出していました。
富士山の美しさを愛でて詠うなど頭の隅にもなかったことでしょう。

「 富士うつす 麦田は雪の 早苗かな 」 其角
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by uqrx74fd | 2013-01-19 19:56 | 生活

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