万葉集その四百八(苔むす)

( 祇王寺:京都 )
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( 三千院 :京都)
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( 秋篠寺 :奈良)
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( 吉城園 :奈良)
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( 衣水園 :奈良 )
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(  唐招提寺 巨木の苔から豆?)
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( 苔の花  yahoo  画像検索より )
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( 西芳寺:苔寺 yahoo 画像検索より)
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「こけ」の語源は「木毛(こけ)」すなわち「木に生える毛のようなもの」とされています。
「むす」は生命の誕生にかかわる言葉、「生(ム)す」、「産(ム)す」で、生まれる、発生すると
いう意味を持ち、男と女が結ばれて生まれた男は「むす+こ」女は「むす+め」
なのだそうです。
 従って「苔むす」という言葉は単に「苔が生える」ということにとどまらず、
生むことを重ねて未来永劫に発展し続けるという深い意味をもっているのです。

「A rolling stone gathers no moss 」(転石苔を生ぜず)
転がる石を勤勉に譬えて怠惰で苔を生じさせてはならないと教えるのは欧米。
我国では不動の岩に苔むすことを悠久の生々発展の証とするという正逆の国民性の
違いも興味深いことです。

万葉集で苔の類を詠んだ歌は11首あり、山中に生えているさまを「苔むしろ」と
表現したものが1首、他は長い時間の経過や、もの古りた状態を形容するのに
用いられ、さらに逢瀬の間遠さを嘆く歌もあります。

「 妹が名は 千代に流れむ 姫島の 
        小松がうれに 苔むすまでに 」    
               巻2-228(既出) 河辺宮人


( この娘子の名は万代まで語り継がれることであろう。
娘にふさわしい姫という名を持つ島の小さな松が成長して苔がむすようになるまで
未来永劫に )

711年、作者が淀川あたりへ旅をした時、近くの姫島の松原で入水した乙女の話を聞き
その様子を幻想しながら詠ったものと思われます。
古代、入水した女性の伝説が各地にあり、悲劇と云うより美化したものとして
語り継がれていたようです。
学者の中にはこの歌こそ君が代のル-ツと主張される方もおられますが、
このような入水を悼む歌が「国歌」の源泉となるはずもなく、現在では完全に
否定されています。 ( 201.「君が代のルーツ」ご参照)

「 奥山の 岩に苔むし 畏(かしこ)けど
      思ふ心を いかにかもせむ 」  巻7-1334  作者未詳


( 奥山の巨岩に苔が生えていて、その厳粛なさまは畏れ多いが
 それに触ってみたいという、その気持ちをどうしたらよいのだろうか )

この歌はどうやら高貴な女性に恋焦がれた男の歌のようです。
苔むす岩は身分違いの女性を暗示していますが、そのさまがいかにも神々しく、
近寄りがたいと感じられたのでしょうか。

「 奥山の岩に苔むし 畏(かしこ)くも
     問ひたまふかも  思ひあへなくに 」 
                巻6-962 葛井広成(ふじい ひろなり)


( 奥山の岩に苔が生えて神々しいように、畏れ多いことですが、
  この私に歌を詠めと仰せになるのですね。
  歌などとても、とても思案できませんのに )

730年、駿馬を選ぶための勅使 大伴道足が大宰府に派遣されました。
当時九州に朝廷直轄の牧場があったそうです。
早速大宰府長官 大伴旅人邸で歓迎の宴が催されます。
宴もたけなわのころ、周りの人たちが歌の名手として知られていた都人、
葛井広成(ふじいひろなり)に

「 葛井さま ひとつ歌を」と囃しました。

固辞しきれず広成が即座に詠った一首は、上の歌(7-1334) をもじったものです。
この歌は宴会などで広く詠われていたらしく、皆にもすぐわかったのでしょう。
さらに一ひねりして、宴席が勅使歓迎の場であるが故に、天皇からの御下問であるかの
ように「畏(かしこ)くも問ひ賜ふ」即ち「畏れ多くも歌を詠めとお命じになられるのですね」と
応じたところが「みそ」なのです。
その機転に満場は拍手喝采だったことでしょう。
それにしても、古人は色々な歌を何時でも応用できるように暗記していたのですね。

「 塚の銘 千代に や千代に 苔の花 」 野坡

次の歌は男と女の楽しい掛け合いです。

「 敷袴(しきたへ)の 枕 響(とよ)みて 夜も寝ず
    思ふ人には 後も逢ふものを 」   巻11-2515 柿本人麻呂歌集

  「 敷袴の 枕は人に 言とへや
       その枕には 苔生しにたり 」  巻11-2516 同上


男 ( 枕ばかり音を立てよって! 
    俺様は夜も寝られない位 お前さんに恋焦がれているんだよ。
    そんなに思いを掛けているのだから 後で必ず逢えはずだよな。それなのに!)

女 ( 枕は人に言葉をかけるものなのでしょうか。
   そんなことあるはずがないでしょう。
   それが証拠にお前さまの枕は、一面に苔が生していますよ )

「苔むす」は共寝から遠ざかっていることを形容しています。
このような歌をやり取りできるのは、お互いに気心が知れた間柄なのでしょう。
宴会などで歌って楽しんだのかもしれません。
「苔むす枕」はウイットあふれる表現、現在でも使えそうです。

「 岩にむす 苔のみどりの 深き色を
    いく千世(ちよ)までと 誰(たれ)か 染めけむ 」  源実朝


( 岩にむした苔は年中緑を保ち、幾年月を経ても新しく生々を繰り返して
  絶えることがありません。
  まさしく千代八千代を象徴する悠久の姿。
  このような鮮やかな緑濃き色に染めたのはどなたなのでしょうか )

悠久の繁栄のシンボルとして詠われた苔は禅宗の渡来と共に枯山水を構成する
不可欠な存在となり、侘び、寂びの文化を生み出しました。

さらに先人の繊細な感覚は、苔が主役となる世にも稀な幽玄の世界を出現させます。
境内一面苔に覆われた西芳寺(苔寺:世界文化遺産) はその代表的なものですが、
三千院、祇王寺(共に京都)、秋篠寺、吉城園(共に奈良)の苔庭も美しく、
私たちを夢の世界へと誘ってくれます。

「 水打てば 沈むが如し 苔の花 」 高濱虚子
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by uqrx74fd | 2013-01-24 13:29 | 植物

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