万葉集その四百二十一(万葉花紀行)

(森野旧薬園   裏山に薬園がある 奈良県宇陀市)
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( 同上 カタクリと蕨 )
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( 又兵衛桜と桃  奈良県 宇陀市)
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( 同上の桃 )
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( 大美和の杜  山辺の道 )
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( 同上  後方は三輪山 )
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( 同上  満開の桜 )
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 ( 山辺の道の桃 )
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「 鶏ねむる 村の東西南北に 
   ぼあーん ぼあーんと 桃の花見ゆ 」 小中英之


『 桃の花の ま昼の長閑さをうたっている。
  鶏まで眠りこけている暖かい日ざしの昼、視野は一面にかすんで、
  東西南北どっちを向いても桃の花だ。
  こんな村の桃の花は、人間より大きな存在感をもって佇んでいる。
  「ぼあーん ぼあーん」と大らかに,放恣に、生命の木の力をみせて佇(た)っている。
  桃の木だけが意思をもっているような風景だ。」 
                      ( 馬場あき子 花のうた紀行より 新書館 )

4月8日の花祭りも終わろうとする頃、関東地方は葉桜になると同時に牡丹、石楠花、
躑躅、藤があれよあれよという間に一斉に満開。
木々は鮮やかな新緑に覆われ、はや初夏の趣です。
季節の移ろいのあまりの速さに驚き戸惑い、桜や桃が無性に恋しくなりました。

「  そうだ! 奈良へ行こう。 
   又兵衛桜の後ろに遅咲きの桃があった!
   山辺の道にもまだ咲いているかもしれないぞ! 」

思い立ったらもう止まりません。
早速、新幹線に飛び乗り、近鉄大阪線の榛原(はいばら)駅へ直行し、
ここからバスで終点の大宇陀へと向かいます。
この辺りは昔、阿騎野(あきの)とよばれ、柿本人麻呂が
「東の野に かぎろひの立つみへて」と詠った万葉ゆかりの地です。

走り出したバスの窓から外を眺めると川沿いの道の長い桜並木が見ごろ。
「これは幸先がいいなぁ」と浮き浮きした気分で花見を楽しみながら
道の駅大宇陀に到着。
榛原駅から約20分です。

ここから徒歩で約500m先の史跡「森野旧薬園」へ向かいます。
今から450年前に「吉野葛」を製造するかたわら薬園を営み、
江戸時代、徳川吉宗の庇護をうけて幕府に漢方薬や吉野葛を献上した老舗です。
国内で唯一現存している薬園で、昭和天皇も御幸された由。

吉野葛を販売している店舗で入園の許可を戴き裏山へ。(入園料300円)
登りはじめるやいなや山道の崖にカタクリが群生しているのが目に飛び込んできました。
やや小ぶりですが薄紫色の上品な佇まいです。
曇り空なので開いている花が少なく、下を向いて眠っているよう。
時期が少し遅いので半分ぐらいは花期が終わっていましたが十分に見ごたえがあり、
目録を見ると「すり傷、できもの、滋養」に効ありと書かれていました。

頂上から周囲見渡すと、広大な山に約250種類の薬草が所狭しと植えられており、
その管理は並大抵なものではなかろうと想像され、450年の長きにわたり先祖代々
連綿と引き継いでこられたご苦労に頭が下がる思いでした。

人一人いない園内をゆっくり拝見させて戴いた後、又兵衛桜に向かいます。
戦国の武将 後藤又兵衛が戦いに敗れて落ちのび、子孫も移り住んでいたという
ゆかりの地の桜です。
歩くこと約2㎞、巨大な桜と桃の木が見えてきました。

「 向つ峰(を)に 立てる桃の木 ならめやと
        人ぞささやく 汝(な)が心ゆめ 」
                            巻7-1356 作者未詳


( 向かいの高みに立っている桃の木 。
 あんな木に実などなるものかと人がひそひそ噂している。
 お前さん、決して尻ごみなどするなよ。 )

「二人の恋が成就するはずなんてありえない」と、世間が噂しているが
「決して迷うんじゃないよ」と励ましている男。
桃は女性のたとえです。

又兵衛桜は残念ながら花期が過ぎていましたが、遠くから見ると淡いピンク色をしていて、
残り香を漂わせている後家のようです。
満開の赤い桃は後方の山々の緑を背景にして鮮やかに映えています。
周囲をゆっくり巡り歩くと爽やかな風が渡ってゆきました。

「花散らす 風の一日や 宇陀郡(うだごおり) 」  福永京子

花見を十分堪能した後、山辺の道へ向かいます。
榛原駅に戻り、桜井経由で三輪駅下車。
大神神社から狭井神社に向かう途中の「大美和の杜」がお目当てです。
目立たない場所なので、ほとんどの人が気付かないで通り過ぎていきますが、
丘の上から大和三山が展望出来る絶好のビユーポイントなのです。

ゆっくり登りはじめると、何と! 枝垂桜が満開ではありませんか。
桜、桜、桜、道の周りを埋め尽くし、頂上も桜。
他の場所はほとんど葉桜になっているというのに、なんという幸運!

「 あしひきの 山桜花 日並べて
   かく咲きたらば いたく恋ひめやも 」
                     巻8-1425 山部赤人


( 山桜の花、この花が幾日もずっとこのように 咲き続けているのなら
  こうもひどく心を引かれることなどあろうか。
 すぐ散るからこそ、こんなに悩ましいのですよ )

丘から臨む景色は素晴らしい。
大和三山のほか卑弥呼の墓かと云われる箸墓。
そして背後に金剛、葛城,二上山。
振りかえると桜越しに三輪山が。

人が誰もいないのが不思議です。
山の辺の道の案内書にも書かれていないので、地元の人しか知らない場所なのでしょうか。

立ち去りがたい気持ちで杜を後にして檜原神社へ。
「確か神社の前に桃の木があったぞ」と思い出しながら歩くこと約2㎞。
謡曲「三輪」の舞台になった玄賓庵(げんぴんあん)を過ぎると檜の林が続いており、
通り抜けると神社に到着です。

  「 桃咲くと 檜原の鳥居 幣白き 」 堀文子

1年前親しい友人たちと白い幣でお互いに御祓いをしたことを思い出しながら
参拝をすませ、鳥居の前の道を真っ直ぐに下ります。

山の辺の道を左折したことになり、コースから外れますが近くに桃畑と
井寺池があり、ここからも大和三山が臨めるのです。
井寺池まで約5分たらず。
桃が今盛りなりと咲き匂ひ、振り返ると三輪山が池に映り込んでいました。

そのまま下りると箸墓の前に出ますが、坂道を上って戻るのが大変なので途中から
引き返し、山辺の道散策を続けます。

景行天皇陵の近くで農家の人が桃の手入れをしていました。
広々とした田園風景が広がり、のどかな風景です。
崇神天皇陵のこんもりとした繁みの中の満開の桜も池に映えて美しい。

さらに長岳寺へと歩き続け、ところどころに咲く桃を楽しみながら
千古という店でゴール。
友人たちと乾杯をした蕎麦屋さんです。

阿騎野を含めると約12㎞の花紀行。
カタクリ、レンゲ、タンポポ、蕨、桜、桃。
行く春の名残を心ゆくまで惜しんだ爽やかな1日でした。

  「 野に出れば 人みなやさし 桃の花 」  高野素
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by uqrx74fd | 2013-04-27 07:22 | 万葉の旅

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