万葉集その四百二十二(馬酔木の花)

( 馬酔木の花)
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( ささやきの小径 奈良公園 )
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( ささやきの小径で )
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( 浄瑠璃寺参道  右側に馬酔木並木が)
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( 浄瑠璃寺山門 )
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( 同 本堂 )
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( 同 秋の三重塔 )
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( 正倉院前で )
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『 その夕方のことである。
  その日、浄瑠璃寺から奈良坂を越えて帰ってきた僕たちは、そのまま東大寺の
  裏手に出て、三月堂を訪れたのち、さんざん歩き疲れた足を引きずりながら、
  それでもせっかく此処まで来ているのだからと、春日の森のなかを
  馬酔木の咲いているほうへほうへと歩いて往ってみた。
  夕じめりした森のなかには、その花のかすかな香りがどことなく漂って、
  ふいにそれを嗅いだりすると、なんだか身がしまるような気がするほどだった。 』
                            ( 堀辰雄 「大和路信濃路」 新潮文庫より)

堀辰雄は馬酔木や辛夷など白い花が好きだったようです。
幾度となく奈良を訪れ、奈良公園、浄瑠璃寺、室生寺などの馬酔木を眺めながら
遠い昔、無実にもかかわらず謀反のかどで処刑された弟の死を悲しむ姉、
大伯皇女(おおくのひめみこ)に想いを馳せ、犯しがたい気品を持つ聖処女の面影と
馬酔木の白い花と重ねあわせ、ついに室生川の崖でイメージぴったりの群生を
見つけたと述べています。

「 磯の上に 生ふる馬酔木(あしび)を 手折らめど
   見すべき君が ありと云はなくに 」 
                  巻2-166 (既出) 大伯皇女(おおくのひめみこ)


(  最愛の弟(大津皇子)が逝ってしまった。
  川上に美しく咲く馬酔木を手折って見せたいのに、今はもういない。
  ついこの間元気な顔を見たばかりというのに、こんなことが信じられるでしょうか。
  道行く人たちから、気休めにでも「まだ生きているよ」という言葉を聞きたいのに
  だれも云ってくれません 。 あぁ )

切々とした悲しみが伝わってくる歌です。

万葉集で馬酔木を詠ったものは十首。
房々とした花が稲の穂に似ているところから豊穣、繁栄の印とされたり、
楽しい恋の小道具にも登場します。

「 かはづ鳴く 吉野の川の 滝の上の
   馬酔木の花ぞ はしに置くなゆめ 」 巻10-1868 作者未詳


( これは河鹿がなく吉野の川の、滝のほとりに咲いていた馬酔木の花だよ。
 命懸けで採ってきたのだから、徒(あだ)や疎(おろそ)かにしないでくれよな )

作者は吉野からの土産に馬酔木を贈り、この歌を添えたのです。
「かわづ」は、清流に棲み、涼やかな声で鳴く河鹿(かじか)。
「はし(末)に置くな」とは「脇に置いて粗末にしないで下さい」の意で
滝の上にまで身を乗り出して手折ったさまを強調して想いの強さを訴えています。

 「 馬酔木折って 髪に翳(かざ)せば 昔めき 」高濱虚子

次の歌は問答とされ、親しい男女の掛け合いです。

「 春山の 馬酔木の花の 悪しからぬ
    君には しゑや 寄そるともよし 」 巻10-1926 作者未詳


( 春山の 馬酔木の花 その「あし」ではないが、悪しき人とも思えない貴方となら
  出来ている仲だと噂されてもかまいませんわ。
  えぇい、ままよ。 さぁ、抱いて! )

「悪しからぬ」は「馬酔木のあし」と「悪し」の同音を重ねています。
「しゑや」  ええぃ  「寄そる」 関係があるように噂される

春に咲く馬酔木が好ましいのと同様、あなたも好き。
世間の噂はうるさいが、こうなったら覚悟を決めた。
一緒になろうよと迫る女。

「 石上(いそのかみ) 布留の神杉 神びにし
   我やさらさら 恋にあひにける 」 
                          巻10-1927(既出)  作者未詳


( 石上の布留の社の年経た神杉ではないが、古杉のように老いさらばえてしまった私めが 
 今また恋のとりこになってしまいましたわい )

「石上布留」天理市石上神宮付近 「神びにし」 神々しくなる
「さらさら」今さら 新たに

女から迫られて相好をくずしながら照れている男。
してやったりとの表情が見えるようです。

「 浄瑠璃寺までの馬酔木の咲ける道 」 林 大馬

奈良、京都の県境にある浄瑠璃寺へは奈良市内からバスで約25分。
静寂そのものの御寺です。
参道の右わきに馬酔木が所狭しと生い茂り、春秋の桜紅葉も美しい。

別名九体寺ともいわれ九体の仏像が並ぶ姿は壮観。
特に彼岸の中日に本堂の扉がすべて開け放され、金色に輝く御仏が池に照り映えます。
対岸から眺める姿はまさに極楽浄土。
東の塔の背後から西の本堂に向かって太陽が沈んで行くと、真中の阿弥陀如来像の
手の上にお日様が乗っているように見え実に神秘的な光景です。

「 公園の 馬酔木愛しく 頬にふれ 」杉田久女

春たけなわになると奈良公園の至る処で白い花が一斉に開きます。
特に春日神社参道脇の「ささやきの小径」はまさに馬酔木の森。
薄暗い木立の中へ木漏れ日が差し込むと白い房がまぶしく輝き、風が吹くと
サラサラと音を立てて揺れながら濃厚な匂いを漂わせます。

馬酔木という奇妙な名前はその葉に毒素を含み、馬が食べると麻痺するので
付けられたと云われていますが奈良の鹿は見向きもしないので自然と繁殖し、
昔は、葉茎の煎汁を駆虫剤として用いたこともあるそうです。

初夏になると蝉の住処となり、ヒメハルゼミ、ヒグラシ、ツクツクボウシなどの
大合唱が聞こえて参ります。

「 馬酔木咲く 奈良に戻るや 花巡り 」 河東碧悟桐

ご参考 
  万葉集遊楽 その56 「馬酔木」
          その208  「馬酔木は神と聖女の花」
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by uqrx74fd | 2013-05-04 07:37 | 植物

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