万葉集その四百二十四 (藤の恋歌)

( 春日大社境内の藤 :奈良)
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( 春日大社神苑 万葉植物園にて )
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( 同上 )
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( 臥龍とよばれている巨大なイチイガシに絡む藤:天然記念物  同上にて)
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( 同上 )
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( 山辺の道 永久寺跡付近の野性の藤 )
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( 春日大社 砂摺り藤の巨大な根元 )
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爽やかな初夏の訪れとともに白や紫色の花穂を風に靡かせる藤。
藤棚など、まだなかった時代、人々は木々に蔓を絡ませながら長い穂を垂れ下げている
花房を見上げて、その美しさに溜息をつき、ついには深い根を掘り起こして自宅に
植え替えて楽しんだりしていました。
万葉集で詠われているフジは26首。
その大半が自然の美しさを愛でたものですが、藤に事寄せた恋の歌もあります。

「 かくしてぞ 人は死ぬといふ 藤波の
    ただ一目のみ 見し人ゆゑに 」
                   巻12-3075 作者未詳


(  こんなふうに恋ひ焦がれて、あげくの果てに人は死ぬものだという。
   見事な藤のような美しい人を、ただ一目見ただけなのに )

藤を女性の美しさに譬えた万葉唯一の歌です。
艶やかな女性に一目ぼれして、
「もう焦がれ死にしてしまいそうだ」と悶々としている男です。 

「藤波」は万葉人の造語ですが、風に靡いている様を波の満ち引きに見立てたセンスが素晴らしく、
1300年後の現在も季語として定着しています。

「 磯城島(しきしま)の 大和の国に 人さはに 満ちてあれども
  藤波の 思ひもとほり 
  若草の 思ひつきにし
  君が目に 恋ひや 明かさむ 
  長きこの夜を 」 
                           巻13-3248 (既出) 作者未詳


有名な歌なので1行づつ訓み砕いてゆきます。

「磯城島(しきしま)の 大和の国に 人さはに 満ちてあれども」

「敷島の」は「大和」の枕詞です。
その由来は、山の辺の道の途中に「磯城瑞籬宮跡」(しきのみずがきのあと)、
即ち10代 崇神天皇の宮跡があり、この地で我が国古代王権が確立されたといわれています。
日本を別称する言葉「磯城島(敷島)の大和」はここで生まれたのです。

「人さはに」は「人、多(さは)に」

( この敷島の大和の国は、人がたくさん満ちあふれていますが)

「藤波の 思ひ もとほり」

「藤波」は「思ひ」の枕詞 「もとほり」は「まつわる」

( 藤の蔓が木に絡みついているように 私の胸にあなたが まとわりつき )

「 若草の 思ひつきにし 」

 「思ひつきにし」は「思いにとりつかれている」

( 若草のような瑞々しいあなたに 私の心がとりつき )

 「 君が目に 恋ひや 明かさむ 長きこの夜を 」 

「君が目に 恋ふ」 (あなたに逢いたいと想い焦がれて)
「明かさむ 長きこの夜を 」 (この長い夜を 明かすことになるのでしょうか)

長歌全訳文


( この磯城島の大和の国に 人はたくさん満ちあふれていますが、
  藤の蔦が絡みつくように 私の想いがあなたにからみつき、
  若草のように瑞々しいあなたに 心が寄り付き、
  ただ ただ、お逢いしたいと、そればかり思い焦がれて
  まんじりともせず、この長い夜を明かすことになるのでしょうか ) 13-3248 
    
「磯城島の 大和の国に 人ふたり 
         ありとし思はば 何か嘆かむ 」   
                巻13-3349 作者未詳

短歌訳文
( この敷島の大和の国にあなたと同じ人が二人いると思うことができるなら
  なにも嘆くことはありません。
  ほかに誰もいないからこそ こんなにも嘆かざるを得ないのです。 ) 13-3249

何かの事情で男に逢えない女性の悲しみ。
「好きなのはあなただけ」と一途な想いを切ないまでに詠いながら、
藤、即ち女が男に絡む様子を思い起こさせる、艶にして優雅な言い回し。
万葉恋歌の代表作です。

「 春へ咲く 藤の末葉(うらは)の うら安に
    さ寝(ぬ)る夜ぞなき  子ろをし思(も)へば 」
                   巻14-3504 作者未詳 東歌


( 春の盛りの今 咲き誇る藤の花。
 その藤を覆う末葉ではないが、心(うら)安らかに寝る夜など一夜とてない。
 あの子のことばかり思うと )

「春へ」の「へ」は「端、境」を示す接頭語で「春めく頃」「春の盛り」など
広い意味をもって用いられています。

「うら安」の「うら」は「裏」でここでは「心」 
「さ寝る」は「独り寝る」

藤は花と共に新葉を出し、群がり咲く花を庇護するかのように覆いつつ
末葉をのばして広がります。
その状態を安定したものとしてとらえ、「心安らか」(うら安)という言葉を引き出して
いますが藤の葉を詠んだ歌は他に例がなく、作者の観察力の鋭さに驚かされます。
方言が多い東歌ながら洗練されたセンスが感じられる一首です。

「 めでたきもの
    色合いよく 花房長く咲きたる藤の、松にかかりたる」 枕草子第75段 


平安時代になると藤は主に松に巻きついて長い花房を垂らし、
それが風に揺れる風景としてとらえられるようになります。
常緑の逞しい男性的な松。それに寄り添う優雅で芯が強い藤。
それは男に絡みつく艶めかしい女性を想像させます。

「 松になりたや 有馬の松に 藤に巻かれて寝とござる 」
                 (伊賀の古民謡) 有馬節の元歌
  

蔓草として巻きつく習性を女の絡みつくに掛けたものですが、
御老体には縁がない?
いやいや、まだまだですぞ。

「 馬鹿にさんすな 枯木じゃとても 
              藤が巻きつきゃ 花が咲く」   (佐渡の盆踊り歌)

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by uqrx74fd | 2013-05-18 08:15 | 心象

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