万葉集遊楽その四百二十六(石上神宮:いそのかみじんぐう)

( 石上神宮 鳥居 )
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( 同 楼門 )
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( 同 拝殿 )
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( 同 神杉 )
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 ( 同 神鶏 尾長鳥 )
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 ( 同 )
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 ( 同 )
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 ( 同 矮鶏:ちゃぼ )
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石上神宮は伊勢神宮、大神神社(おおみわじんじゃ)と共に我国で最も古い神社とされています。
祭神は「布都御魂(ふつのみたま)」とよばれる神剣で、古事記によると、

「 神武天皇東征の時、熊野の山中で邪神の難に遭い、武甕雷神(たけみかづちのかみ)が
  佩いていた剣によって難を逃れた。
  その剣を崇神天皇の時代に布留の地に移して石上大神とし物部氏が護った」そうです。

物部氏は大伴氏と共に天皇の親衛隊の役割を担った氏族で、石上神宮はもともと
朝廷の武器庫の役割を果たしていました。

   「 町ぐるみ 天理の氏子 水を打つ 」  松原歌子

JR天理駅から駅前の長い長い商店街を真東へ進み、天理教本部を過ぎると
やがて布留川に至り、橋を渡ったその先の高台に鬱蒼とした森があります。

大きな鳥居をくぐりぬけると広々とした神域の両側に注連縄が張られた杉の巨木が立ち、
建物の近くの真砂地には神鶏が群れ遊んでいて、いかにも古の社らしい雰囲気を
漂わせています。

人影も少なく静寂そのもの。
伊勢神宮や大神神社が年中参詣者でごった返しているのと対照的です。

万葉集には石上、布留と詠われたものが15首あり、その大半が恋の歌です。
「布留」は「剣を振る」すなわち神霊の降臨、あるいは除災招福をあらわす言葉とも
云われていますが、巫女が袖を振って神を招く姿を想像させ、その美しい容姿と
清純さが恋に憧れる歌と結びついたのでしょうか。

「 未通女(をとめ)らが 袖布留山(そでふるやま) の 瑞垣(みづかき)の
            久しき時ゆ 思ひき我れは 」   
                        巻4-501 柿本人麻呂


( おとめが袖を振る その布留山の瑞垣が 大昔からあるように
  私はずっと昔から あの人を想ってきたのだよ )

「未通女」を乙女と訓ませるのはその女性が処女であり、神に仕える巫女を
暗示させています。
「袖布留」に「衣の袖振る」と山名が掛けられており、作者は長い間手を触れては
ならない女性に秘かな恋心を抱いていたようです。

「瑞垣」は神聖な瑞々しい生垣のことですが、現在は先端を剣先状に尖らせた
石を並べたものに変わっており、近寄りがたい威厳を感じます。

「 石上(いそのかみ) 布留(ふる)の神杉(かむすぎ) 神さびて
    恋をも 我(あ)れは さらにするかも 」
                           巻11-2417 柿本人麻呂歌集 


( 石上の布留の年古りた神杉 
その神杉のような年になって私はまたまた恋に陥ってしまったことよ)

石上は奈良県天理市の石上神宮付近から西方一帯にかけて広く称した名で、
布留は神宮の付近、すなわち現在の石上神宮を中心とした地域と見られています。

作者は「年甲斐もなくまた恋をしてしまったことよ」と詠っていますが、
浮き浮きしたような気分がうかがえ、
「おれも満更ではなさそうだ。まだまだ若いぞ」という声が聞こえてきそうです。

「 石上 降るとも雨に つつまめや
   妹に逢はむと 言ひてしものを 」  
                      巻4-664 大伴像見(おおともかたみ)


( 石上の布留というではないが いくら降りに降っても 雨になんか
 閉じ込められているものか。
 あの子に逢いにいくよと言ってやったのだから )

作者は前もって「今日はお前さんの家に行くから待っていろよ」と
云いやっていたところ、生憎土砂降りの雨。

「これしきの事でやめてたまるか。おれもあの子を抱きたいし
あの子も楽しみに待っているんだから」と今でも飛び出していきそうな
様子が目に浮かぶ歌です。

「 編み立ての 茅の輪の匂ふ 布留の宮 」    朝妻 力

堂々たる楼門を入った広庭の正面に、平安宮から移建されたと云われる古式豊かな
檜皮葺、入母屋造りの拝殿。
その奥にご神体の剣を祀る本殿。
百済から献じられたという国宝の七支刀(ななつさやのたち)が納められている宝物殿。
日本書記の中で「神宮」という名を冠している唯一の社にふさわしい偉観です。

突然、境内に放し飼いにされている尾長鶏が静寂を破るかのように鳴きだしました。
ふと見上げると、木の上に沢山の鶏が気持ちよさそうに止まっており、
いかにも長閑な初夏のひとときです。
鳥たちと楽しい時間を過ごしたあと、社の脇から山の辺の道へ出て、長岳寺に向かって歩き出しました。

「 さへづりや 鳥屋に注連張る 石(いそ)の上(かみ) 」 中野はつえ
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by uqrx74fd | 2013-06-01 15:30 | 万葉の旅

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