万葉集その四百三十三( 商い 返品あり)

( 全国から納められた調(物品税)を保管する倉庫 奈良文化財研究所 撮影許可済)
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( 入谷朝顔市 )
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( 同上 夕顔 )
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( 粋な男 よっー団十郎 )
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( 浅草 ほおずき市 )
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( 同上 )
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( 美人揃い 飛ぶように売れた?)
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( ほおずき市も国際的になりました )
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万葉の時代、物資の交換の場として市が設けられていました。
中でも平城京中心部に置かれた官営の東西の市は掘割などの水運をともなう
大規模なもので、毎日正午に開き日没前に太鼓をたたいて閉じたと云われています。

店それぞれが商品名を記した標札を出し、品質を三等に分類して価格を付け、
10日ごとに帳簿を整理して市を司る役人に提出する。
粗悪品を売った時は財産を没収、市を囲んでいる築地塀を無断で乗り越えて
侵入すると罰せられるなど、極めて厳重な管理がなされていました。

官営の市を運営したのは、全国各地から税として納められる物産や現物支給の
役人の給与を金銭や必要な物資に交換するためです。
東市は51店舗、西市は33店舗あり、取扱い品は各地から運ばれた衣食住に
関連するもののほか武器なども扱っていました。

一方、海石榴市、軽の市、阿倍の市(駿河)など市井のものは自由な雰囲気で、
時には歌垣なども行われており、男女の出会いの場となっていました。
市へは盗品や偽物を持ち込む怪しからぬ輩もいたらしく、騙された人が
悔しがる歌も残されています。

「 西の市に ただ一人出(い)でて 目並べず 
        買ひてし絹の 商(あき)じこりかも 」 
                        巻7-1264 作者未詳 (既出)


 ( 西の市にただ一人出かけ、自分の目だけで判断して買ってきた絹は
  とんでもない品だったよ。
  あぁ、安物買いの銭失いだ。)

  (目並べず) 自分だけの判断で他のものと比較もせず  
  (商じこり) 商いの仕損じ

  物々交換の市で不良品をつかまされ口惜しがっている男の「ぼやき」ですが、
 「 他人の意見も聞かずに有頂天で我が物にした女がとんだ食わせ物だった」
  と 嘆いている、あるいは
 「仲人口にだまされて見掛け倒しの配偶者を得たことを悔いる気持ちの比喩歌」との
 解釈もなされています。
 ここでは深読みしないで、偽物をつかまされて悔しがる歌としておきます。

「 商返(あきかへ)し めすとの御法(みのり) あらばこそ
    我(あ)が下衣(したごろも)  返し給はめ 」
                           巻16-3809 作者未詳


( 「 商契約の破棄を施行する」などという法令でもあるのでしたら
   私が差し上げた心入れの下衣、その衣をお返しいただいても
   よろしゅうございましょう。 
   さもなくば 受け取る訳にはまいりません。)

この歌には次のような説明文があります。

「 右についてはこんな伝えがある。
  かって帝の寵愛を受けた女性がいた。
  ただし、素性も名前もよく分からない。
  帝は寵愛が薄れた後、昔その女性が差し上げた心入れの品物を
  返してこられた。
  そこで、その女性は恨めしく思い、ちよっとした戯れにこの歌を作って
  帝に献上したという 」

 帝の名前は不明ですが無粋なことをしてしっぺ返しを食ったようです。
 それにしても男と女の関係の歌に「商返し(あきかえし)」という難しい
 法律用語が出てくるのには驚きです。
 余程利発な女性だったのでしょう。

「商契約の破棄を施行する」は伊藤博氏の訳文ですが、女性の戯れににんまりとされ、
 こちらも負けじと大げさな訳を付されたのでしょうか。

 なお、「商返し」については

「 古代に行われた一種の徳政と見るべきもの。
  社会経済を整えるため、あるいは一種の商業政策上から
  売買した品物をある時期の間ならば、各持ち主に取戻し、
  契約を取り消すことを得しめた 」(万葉集辞典 大正8年刊)

 とあり、徳政論は折口信夫氏が最初に説かれたようですが、この歌は単なる
 返品と解釈した方が面白いように思います。
 
「 朝顔の 模様の法被(はっぴ)  市の者」  高濱年尾

 7月6,7,8日 東京入谷の鬼子母神で開かれる朝顔市
 色とりどりの朝顔が売られ、浴衣姿の人々で賑わいます。

「 ただ歩きをりて 鬼灯市たのし 」  西方石竹

こちらは、ほぼ同じ日に浅草寺の縁日に立つ酸漿(鬼灯)市(ほおずきいち)
この日にお参りすると1日で4万6千日分のご利益があるといいます。

どちらもお江戸の伝統の市。
万葉時代から続く市は形を変え、いまだに健在です。

「 高低に 吊りて鬼灯 市の鉢 」 小原牧水
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by uqrx74fd | 2013-07-20 07:46 | 生活

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