万葉集その四百四十 ( 生駒山:暗峠 )

( 生駒山の古道 大小の石が転がっている )
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( 同上  狭くて滑りやすい山道 )
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( 暗峠:くらがりとうげ  奈良県と大阪府の県境 )
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( 生駒山に続く狭い道 )
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( 生駒山中腹から奈良方面を望む )
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 ( 柘榴の花 )
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( 合歓の花 )
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( のうぜんかずら  白壁と石組みが美しい )
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「 棟寄せて くらがり峠 小鳥来る 」  犬童冴子

50年ぶりに生駒山へ。
猛烈な暑さなので下りのみのハイキングです。
まずは近鉄生駒駅に隣接する年代物のケーブルカ-に乗り山頂を目指します。
ところが、なんと!途中で乗り換え。
接続が悪く待つこと30分、山頂に到着するまで50分も掛かってしまいました。

降り立って、「さ-て、大和、難波は何処」と見渡せど、周りはテレビ局の
電波塔や観測台が隙間なく林立している上、厳重な鉄網で囲われており、
展望は全くきかない状態。

中心部は遊園地。
酷暑の影響か閑散としています。
遊ぶ施設が少なかった時代、子供たちで賑わっていたものでしたが、
今は夜の納涼祭で大人が多いとか。

標高642m、360度俯瞰できた昔の素晴らしい眺めを懐かしみながら
早々と南側から奈良方面に通じる山道を下りはじめることにしました。

大小さまざまな岩があちらこちに転がっています。
急坂を滑らないように気を付けながら歩くこと約40分。
突然、道が途切れ、目の前は信貴生駒スカイライン。
古代の道が開発のためズタズタに寸断されていることを実感します。

利用客が少ないのか、車もほとんど見当たりません。
危険が少なさそうな脇道を歩き続けること約2㎞。
急な下り道が続き爪先が痛くなってきました。
逆に登るとなると「大変だなぁ」と実感することしきりです。

再び山道に入り、てくてく歩くこと約2㎞のところで広い道に出ました。
「暗峠(くらがりとうげ)」です。
生駒山の鞍部にあたり、標高は455m。
峠の頂上には、奈良県生駒市と大阪府東大阪市の境を示す標識が立ち、
50mほど続く石畳に昔の面影が残されています。
周囲はお休み処のほか数軒の民家。
近くに棚田が広がっているので農業を営んでおられるのでしょう。

1914年、近鉄奈良線の生駒トンネル(3494m)が貫通するまで奈良、大阪間の
幹線道路として賑わい、
「商品を仕入れにゆく人々は徹夜でこの峠を越えた」(犬養孝 万葉の旅上)
と云われるところです。
重厚な石畳は江戸時代、郡山藩が参勤交代をスムースにするために設けたと
伝えられていますが、平城京と難波を結ぶ最短距離の道として利用されていた頃は
今よりもずっと道幅も狭く、むき出しのごつごつとした岩が多く転がって
いたことでしょう。

「 妹に逢はず あらばすべなみ 岩根踏む
     生駒の山を 越えてぞ我が来る 」 
                       巻15-3590 作者未詳


( あの子に逢わないでいると どうにもやるせなくて 
 岩を踏みしめるような険しい生駒の山を越え 大和へ急いでいる )

遣新羅使を命じられた若者が出発前の僅かな休暇の間に夜を徹して
山越えをした時の歌です。
「岩根踏む」に険阻な道を想像させますが、一心不乱の男には辛さよりも
恋人に逢える喜びの方が勝っていたのでしょう。
「もう一息であの子を抱けるぞ」という思いが伝わってくる1首です。

「 妹がりと 馬に鞍置きて 生駒山
   打ち越え来れば 紅葉散りつつ 」 巻10―2201 作者未詳


( いとしいあの子の許へと馬に鞍を置いて 生駒山を急ぎ越えてくると
 紅葉がしきりに散っていることよ ) 

こちらは悠々と馬上の旅。
紅葉を楽しむ余裕があり、旅情も漂っています。
作者は高貴な人物なのでしょうか。

「妹がり」の「がり」は「~のもとへ」
なお、万葉で「もみじ」の原文表記はほとんど「黄葉」(もみち)。
その中で「紅葉」と表記されている唯一の歌です。

「 菊の香に くらがり登る 節句かな 」 芭蕉

1694年9月9日、芭蕉は伊賀上野を立ち大阪へ向かいました。
奈良で一泊した翌日、暗峠を越えたところで、ほのかな菊の香りが。
「おぉ、そういえば今日が重陽の節句であった」
と詠んだ土地への挨拶句です。

大阪に到着した芭蕉はほどなく体調を壊し、10月に花屋仁左衛門宅で
人生の終焉を迎えました。
暗峠越えが最後の旅になるとは、夢想だにしなかったことでしょう。

「 旅に病んで 夢は枯野を かけめぐる 」 芭蕉

しばし古を偲んだ後、再び坂道を下りはじめました。
美しい棚田や遠くの山並みを楽しみながら歩くこと4㎞。
柘榴、合歓、凌霄花(ノウゼンカズラ)などの花々も美しい。

町が近づくにつれ民家が急に多くなります。
生駒山麓の高台の落ち着いた家並みを通り、町中を通って南生駒駅へ。
ざっと3時間の山下りでした。

「 音もなく のうぜんかづら こぼるる日 」 吉川思津子
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by uqrx74fd | 2013-09-07 08:24 | 万葉の旅

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