万葉集その四百四十四(葛城古道:高天原)

( 高鴨神社 奈良県御所市 )
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( 同上 )
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( 高天彦神社参道の老杉   )
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( 高天彦神社   同上 )
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( 高天原 後方白雲嶽 )
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( 高天原碑 )
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( 橋本院 )
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( 橋本院入口に立つ万葉歌碑 )
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奈良盆地の西南、大阪府と奈良県の境に連なる二上、葛城、金剛山の峰々は
古くは総称して葛城山(かつらきやま)とよばれていました。
その東側の山裾(奈良県側)を南北に辿る道が葛城古道で、古代豪族葛城氏や鴨氏の
本拠地とされています。
葛城氏は天皇家との結びつきが強く、その祖とされる襲津彦(そつひこ)の娘が
仁徳天皇の皇后、磐姫、万葉集最古の歌を詠んだといわれる女性です。

「 葛城の 襲津彦真弓(そつびこまゆみ) 新木(あらき)にも
   頼めや君が  我が名 告(の)りけむ 」
                             巻11-2639 作者未詳


 ( 葛城の襲津彦(そつびこ)の持ち弓、その新しい弓材が強いように
  あなた様は私を強く信じ切って下さった上で、私の名を他人に明かされたのでしょうか)

古代、恋人の名を他人に告げることは禁忌とされていました。
他人の口から人の名が発せられると、その人の魂が抜け出てしまい、
お互いの関係が消滅すると考えられていたのです。

この歌の作者は、自分の名を明かした男に、
「 なぜ人に教えたの.
  教えても私の気持ちが心変わりしないと強く信じておられたの。
  それとも、もうお互いの関係は終わっても良いという心づもりなので
  しょうか 」 と問い詰めています。

葛城襲津彦は大和朝廷の外交関係を担っていたと云われ、何度も新羅、百済に渡り
武勇の人としても知られていたらしく、彼が引く強弓が詠われています。

「新木」は新しい弓材と「荒木神社」(五條市)とを掛け、新しい木さながらの
「まっさらな嘘偽りがない強い自分の心」と「神にかけて」の意を含んでいるようです。

葛城氏が盆地の中央に本拠を構えながら海外に渡ることが出来たのは、和歌山、河内に
至る道路を整備し、さらに、吉野川、淀川を経て瀬戸内海、朝鮮半島へと結ぶ海路を
確保したことによるものと思われます。
その結果海外からの最新技術を導入して鉄を使った武器や農具を用いて
他の豪族を圧倒し、天皇家に匹敵する力を蓄えたのです。

「 葛城の 日暮れに匂ふ 花蜜柑 」 室谷幸子

近鉄、御所(ごせ)駅から新宮、五條行のバスに乗って約20分。
風の森という風雅な名前の停車場で下車します。
葛城古道散策約20㎞の出発点です。
このあたりは金剛山の麓で、吹きおろしの風が強く、近くに風神が祀られています。
左手の坂道を上ると眼前に金剛山(1125m)が迫り、辺りは一面の田園地帯です。

心地よい風に吹かれながら歩くこと約20分で最初の訪問地、高鴨神社に到着しました。
葛城氏より古い豪族、鴨氏の氏神で、京都の上賀茂、下賀茂神社をはじめ全国の
賀茂社の総本宮です。
赤い鳥居を潜り抜け、杉木立に囲まれた参道に続く石段の上に拝殿、その奥には
立派な檜皮葺の本殿があり、厳かな雰囲気を漂わせています。
参道の左手に広がる大きな池面に金剛山の山並みが影を落としていて美しい。

参拝を終えて高天彦神社に向かいます。
曲がりくねった坂道をしばらく進むと、やがて視界が開け、大和盆地が一望に。
大和三山、遠くに三輪山も。
ここからが胸突き八丁の上り坂。約40分位急坂が続きます。
息も絶え絶えになりながら、ようやく鬱蒼とした杉木立、その向こうに
鳥居が見えてきました。

 高天彦神社は葛城氏の祖神を祀り、祭神は高皇産霊神(タカミ ムスビノカミ)。
如何にも神さびた雰囲気の拝殿の背後にはご神体の白雲峰、別名高天山です。
この辺り一帯は建国神話の天孫降臨の舞台、高天原であると伝えられています。
高天原については九州日向の高千穂の峰をはじめ日本各地にいくつかありますが、
ここもその1つです。
高天彦神社から約10分のところに高野山真言宗橋本院があり、手前に「史跡高天原」の
石碑と次のような万葉歌の碑が立っています。

「 葛城の 髙間の草野(かやの) 早や知りて
     標(しめ)刺さましを 今ぞ悔(くや)しき 」   巻7-1337 作者未詳


( 葛城の髙間の草野、そこをいち早く見つけて、「ここは俺のものだ」と目印を
  立てておけばよかった。
  いつの間にか他人に刈られてしまったわい。悔しい! )

草野は屋根材の最高級品とされた茅(かや)の群生地のことで、当時このあたりに
生い茂っていたようです。
この歌は「草に寄す」に分類されているので、草野は若く美しい女性の譬えとされ、
標刺すは我が物にすること。
目を付けていた女性が、知らない間に他人と一緒になった悔しさを詠っています。

辺りを見渡すと金剛山中腹に広がる台地は見渡す限り一面の稲田。
水も空気も澄みきっていて、いかにも神話の世界にタイムスリップしたような
心地がします。
時が経つのも忘れて長閑なひとときを過ごした後、次の訪問地、極楽寺に
向かうことにしました。
   
   「 葛城の 神の鏡の 春田かな」 松本たかし
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by uqrx74fd | 2013-10-05 08:50 | 万葉の旅

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