2013年 11月 23日
万葉集その四百五十一(朝霧、山霧)
( 同上 宝剣岳真下 )
( 同上 )
( 南アルプス )
( 同上 )
( 同上 )
( 上高地 )
( 同上 )
霧 靄(もや)、霞。
いずれも地表や海面近くの空気が冷却され、その水蒸気が小さな水滴になって
浮遊している現象をいい、気象庁では1㎞先のものが見える時は「靄(もや)」
見えない時は「霧」とよび分けています。
「霞(かすみ)」は気象用語に関係なく、文学、詩歌の世界のものとされ、
古くは万葉集で「霞立つ」と詠われていますが「春の霞」「秋の霧」という
四季の美意識が定着するのは平安時代からです。
万葉集で詠われている霧は70余首、「山霧」「朝霧」「夕霧」「雨霧」
「夜霧」「霧隠(こも)り」「天つ霧」など多彩な表現がなされています。
季節は秋が圧倒的に多く、春のものは2首しかありません。
やはりなんとなく儚さと物寂しさを感じさせる霧は秋にふさわしいのでしょう。
「 九月(ながつき)の しぐれの雨の 山霧の
いぶせき我(あ)が胸 誰(た)を見ば やまむ 」
巻10-2263 作者未詳
( 九月の時雨の雨が霧となって山を包み隠すように、うっとうしく
晴れ晴れしない我が胸の思い。
この思いは一体どなたを見たら晴れるのでしょうか )
この歌には次のような表現もあるという注記がなされています。
「 十月(かむなづき) しぐれの雨降り 山霧の
いぶせき我(あ)が胸 誰(た)を見ば やまむ 」
( 巻10-2263 作者未詳 )
「いぶせき」は「心が晴れない」の意で、訪れない男を待ちわび、
「あなたのお顔をみれば晴れ晴れするのに どうして来て下さらないの」と嘆く女。
時雨、山霧が憂鬱な気分を引き立てている1首です。
「 我がゆゑに 言はれし妹は 高山の
嶺(みね)の朝霧 過ぎにけむかも 」
巻11-2455 柿本人麻呂歌集
( 私のせいでとやかく噂されたあの子、
あの子は噂に悩むあまり 高山にかかる朝霧がまたまく間に消えて果てるように、
私から遠のいてしまったのであろうか )
晴れた日の朝霧はあっという間に消えてしまいます。
深い仲になってしまった二人、それは禁断の恋だったのでしょうか。
周囲からあれやこれやと云われ、とうとう居たたまれなくなり朝霧のように
姿を消してしまった乙女。
「あの子は今頃どうしている、無事だろうか、可哀想なことをした」と
万感の思いがこもる作者。
「 我妹子(わぎもこ)に 恋ひすべながり 胸を熱み
朝戸開くれば 見ゆる霧かも 」
巻12-3034 作者未詳
( あの子が恋しくてどうしょうもなく 胸が焼けて痛くなるほどに苦しい。
悶々としているうちに とうとう朝を迎えてしまった。
戸を開けると周り一面に霧が立ちこめていることよ )
古代の人は「嘆息は霧になる」と信じていたことが次の歌からも窺えます。
「 君が行く 海辺の宿に 霧立たば
我(あ)が立ち嘆く 息と知りませ 」
巻15-3580 遣新羅使人の妻 (既出)
恋に悶えて寝もやらぬ一夜を過ごした男。
辺り一面に立ちこめる霧は自分自身の嘆きだと詠っているのです。
「恋ひすべながり」は「恋すべ無くあり」で「恋してしまってどうしょうもない」の意
「 暁(あかとき)の 朝霧隠(ごも)り かへらばに
何しか恋の 色に出でにける 」
巻12-3035 作者未詳
( 夜明け前の暗がりに朝霧が立ちこめ、何も見えない。
そのように包み隠したつもりなのに、一体どうしたことか!
私の恋心が面に出てしまい相手に知られてまったようだ )
「かへらばに」は「自分の思惑と反対に」の意で
「 心に秘め、隠しおおせていると思っていた恋が、相手に悟られ、
世間の噂にもなってしまった。
困ったなぁ。」と嘆きながらも内心喜んでいる男。
相手は人妻? あるいは 手が届かない高貴な美女?
「 霧にほふ おもき戸障子の うちにねむる 」 石橋辰之助
霧が立ち上るさまは「香のゆくり」のように見えることから
「霧匂ふ」「霧の香」ともよばれます。
美しくも優雅な言葉です。
霧匂ふ上高地の朝。
日が差すとともに立ち流れてゆく。
夕霧こもる南アルプス。
ところどころに紅葉が斑に浮かび幻想的な世界を醸し出してくれました。
「山霧の 梢に透る 朝日かな 」 召波
by uqrx74fd | 2013-11-23 22:55 | 自然