万葉集その四百五十二(山粧う)

( 奈良県庁屋上より 大仏殿)
b0162728_14221813.jpg

( 同上 若草山、御蓋山 後方春日山)
b0162728_14223428.jpg

( 衣水園より 後方 南大門、若草山)
b0162728_1422521.jpg

( 長谷寺本堂より )
b0162728_14231331.jpg

( 同上 )
b0162728_14233385.jpg

( 長谷寺五重塔 )
b0162728_14235513.jpg

( 長谷寺境内 )
b0162728_14241940.jpg

( 室生寺 )
b0162728_14243732.jpg

 「 しぐれ降る 野山は錦 今日は旅 」  筆者

秋晴れの中、紅葉便りに誘われ、「そうだ 奈良へ行こう!」と早朝、新幹線,
JRを乗り継いで奈良駅に到着したのが午前11時すぎ。
なんと青空が一転かき曇り時雨が降り出しました。

古都の紅葉狩りは県庁の屋上からスタート。
平日の勤務時間内なら外部の人にも無料で開放してくれている有難い役所です。

展望所に立って東を臨むと若草山、春日山、御蓋山、高円山が連なり、大仏殿
二月堂、南大門が甍を並べています。
南に目を転じると佐保丘陵、その昔、大伴一族が邸宅を構えていたところ。
西には大阪につながる生駒山、北の方角は遥かに三輪山、葛城金剛山。

ビル屋上の回廊を巡りながら奈良市内を360度パノラマ状に俯瞰できる
とっておきの場所なのです。

「 雁がねの 声聞くなへに  明日よりは
   春日の山は もみちそめけむ 」   巻10-2195 作者未詳


( 雁の鳴き声が聞こえるようになったなぁ。
  明日からは春日の山も色づきはじめることであろう )

「なへに」は「~につれて」
 
古代の人たちは秋になると草木が赤や黄色に変わる現象を時雨によって
「揉(も)みだされている」と感じ「もみつ」と言い習わしていました。
雁が音を聞きながら、「さぁ紅葉の季節がきたぞと」胸を膨らませている作者。

県庁の屋上から見える春日山はまさに紅葉が始まろうとしているかのように
うっすらと粧いはじめており、麓の正倉院、奈良公園付近は今が見ごろ。
銀杏や楓が錦を織りなしたように美しい。

「 十月(かむなづき) しぐれにあへる 黄葉(もみちば)の
     吹かば散りなむ 風のまにまに 」 
                              巻8-1590 大伴池主


( 十月の時雨に出逢って色づいたもみじ これと同じ山のもみじの葉は
  風が吹いたら 吹かれるままに散ってしまうことであろう )

旧暦の10月は現在の11月中旬。
晩秋から初冬にかけて急にパラパラと降っては止む小雨は奈良の風物詩。
時雨は万葉人にとって、木の葉を美しく色づかせるとともに折角の紅葉を
散らしてしまう雨でもありました。

 「 こもりくの泊瀬(はつせ)の山は 色づきぬ
      しぐれの雨は 降りにけらしも 」 
                   巻8-1593 大伴坂上郎女


( こもりくの 初瀬の山は見事に色づいてきました。
  時雨が早くもあの山々に降ったらしい )

「季節の移ろいに驚く風雅の心、流石に時代の新しさを感じさせる(伊藤博)」と
評されている1首。

「山々に囲まれた」という意味を持つ「こもりく(隠国)」の里 。
初瀬の紅葉は今年も見事な粧いを見せてくれました。

長谷寺の懸造(かけづくり)の舞台から眺める山々は時雨に濡れそぼち、
霧が立ち上っています。
春の桜、初夏の牡丹、秋の黄葉、冬は寒牡丹と温泉。
四季折々私たちを癒してくれる初瀬は万葉人の憧れの場所でもありました。
帰りの参道でつまみ食いした「よもぎ餅」の美味しかったこと。

「黄葉(もみちは)の 過ぎまく惜しみ 思ふどち
   遊ぶ今夜(こよひ)は 明けずもあらぬか 」 
                     巻8-1591 大伴家持(既出) 


( もみぢが散ってゆくのを惜しんで 気の逢うもの同士で遊ぶ今宵。
 このまま明けずにいてくれないものか )

燗酒をちびりちびりとやりながら親しいもの同士で語り合う楽しさ。
話題は男と女の恋物語です。

「 松の葉に 月はゆつりぬ 黄葉(もみぢば)の
   過ぐれや君が 逢はぬ夜の多き 」
               巻4-623 池辺王(いけへのおほきみ)


( の葉ごしに 月さま渡る。 
  おいでを待つうち ひと月経った。
  あの世へ行ったか 彼(か)の様の 
  こうも夜離(よがれ)は何とした。) 

万葉学者、橋本四郎氏の名訳。
作者は額田王の曾孫、なかなか洒脱な歌を詠む人物であったようです。

「松の葉」に「待つの端、すなわち、待ったあげく」を掛け 
「月はゆつりぬ」に天体の運行と暦月の推移
「黄葉過ぐ」に 訪れない相手の死に見立てており、

間遠くなった男への恨み節。
後世の

「こなた思うたらこれほど痩せた 
二重(ふたへ)回りが 三重(みへ)回る」 
                    河内の民謡
  回るのは帯
「 声はすれども姿は見えぬ 
              君は深山(みやま)のきりぎりす」
                和泉の民謡  
  キリギリスはコオロギの古称
などを思い出させるお座敷歌です。

深々と更けて行く秋の夜。
万葉人の宴会はまだまだ続いておりますが、我々はここでお別れです。

  「 山暮れて 紅葉の朱(あか)を 奪ひけり 」 蕪村
[PR]

by uqrx74fd | 2013-11-29 14:24 | 自然

<< 万葉集その四百五十三 (秋田刈る)    万葉集その四百五十一(朝霧、山霧) >>