2013年 12月 06日
万葉集その四百五十三 (秋田刈る)
( 同上 )
( 聖林寺付近で 後方 多武峰)
( 畝傍山の麓で )
「 よの中は 稲かるころか 草の庵(いほ) 」 芭蕉
新米を頂戴して「おやおや、世間はもう稲刈りに忙しい時期なのだ」と
世事に疎い草庵生活のほろ苦さを感じている風雅三昧の作者。
万葉集で稲、田,穂など稲作に因む歌は58首あり、新田開墾、田植え、雨乞い、
鳥獣害駆除、刈り取り、稲搗き、新嘗神事など、様々な作業や行事について
詠われています。
これらの歌から当時の人々の生活状況を窺い知ることが出来ますが、農民たちは
収穫した米のほとんどを税として納め、自ら口にすることができるのは
稗,粟などの雑穀や木の実でした。
また、自領を賜っている下級官人たちの生活も決して楽なものではなく
農繁期になると田暇(でんか)と称する有給休暇を取得して農事に従っていたのです。
「 秋田刈る 仮蘆(かりいほ)もいまだ 壊(こほ)たねば
雁が音寒し 霜も置きぬがに 」
巻8-1556 忌部首黒麻呂(いむべ おびと くろまろ)
( 秋の田を刈り取るために作った仮小屋もまだ取り払っていないのに
雁の鳴く声が聞こえる。
まるで霜を置かんばかりのような寒々とした響きだなぁ。 )
当時「稲刈り」という言葉は見えず、「秋田刈る」「秋の田刈る」と言い習わしていました。
作者は自宅から遠く離れたとことに田があったので、寝泊りをする仮屋を建てて
農作業をしていたものと思われます。
ようやく、刈り入れも終わり、さて小屋を取り壊そうかという時に、
雁の鳴き声が聞こえ、急に肌寒さを感じたのでしょうか。
季節の移り変わりの速さに驚きながらも収穫を終えた安堵が感じられる一首です。
「 住吉(すみのえ)の 小田を刈らす子 奴(やっこ)かもなき
奴あれど 妹がみために 私田(わたくしだ)刈る 」
巻7-1275 作者未詳 (旋頭歌)
( 住吉の小田で稲を刈っておいでの若い衆 お宅には奴はいないのかな。
何の何の。 奴はいるんだが、いとしい女子の御為と俺様が刈っているのさ。)
奴とは使用人のこと。
私田は私有を認められている田で朝廷から貸し与えられているものは
公田とよばれていました。
妻問婚であった当時、夫は農繁期に妻の実家の刈り入れを手伝っていたものと
思われます。
通りがかった顔見知りの男が、
「 お前の彼女の家は使用人がいないからお前が奴替わりか?」と
からかったところ、夫は
「 いないこともないが、可愛い彼女の為なら えんやこらなんだ 」と
ユーモアまじりに答えたもの。
この歌は旋頭歌とよばれ、577,577を基調としており、
上の句が「通りがかった男のからかい」、下の句が「夫の返事」です。
次の歌は、
「 ある女性が已むを得ない事情で尼になり娘の養育をある男に託した。
養父は娘を慈しみ育て、苦労した甲斐あって美しい女性に成長した。
ところが、あろうことか、その育ての親が娘に惚れてしまった」
というのです。
そこで実母の尼に次のような歌を送ります。
或る者が尼に贈った歌
「 衣手に 水渋(みしぶ)付くまで 植ゑし田を
引板(ひきた)我が延(は)へ 守れる苦し 」
巻8- 1634 作者未詳
( 衣の袖に水垢がつくほどまでして苦労し植え育てた田なのに
今度は、鳴子の縄を張り渡して見張りする羽目になったとは辛いことです )
水渋付く : 水田に含まれる肥料などの成分によって野良着が変色すること。
引板 : 田を荒らす鳥獣を追い払う鳴子のこと。
板に木を添えたものに綱をつけ、引っ張ると音が出るようにした装置
「田」を娘に譬えて、虫が付かないか心配だと云いながら、その実、自分の
手元から離すのが辛いというのが男の本音。
さて、困った尼は大伴家持に相談します。
「 佐保川の 水堰(せき)上げて 植ゑし田を
刈れる初飯(はついひ)は ひとりなるべし 」
巻8-1635 (上句 尼 下句 大伴家持の合作 )
『 佐保川を堰き止めて水を引き、苦労に苦労を重ねて育てた田よ (尼作)
その田の稲を刈って炊(かし)いだ新米を食べるのは、
田の主一人だけのはずですよ (家持作) 』
家持は養父に娘を嫁がせることに同意を示したのです。
まさか、養い親が娘に懸想とは!
実母の尼も想像だにしなかったことでしょう。
俗世を離れている我が身ゆえ、家持に判断を任せてそれに従がおうと思ったのか。
余りの申し入れに返答に窮している尼のさまが想像され笑いを誘う一首です。
それにしてもユーモア精神旺盛な万葉人。
上句、下句別人で詠む万葉集でもこの稀な歌は、後の連歌の源流をなすものと
されていますが、まさか創作ではありますまいねぇ。
「 明日香村 大字飛鳥 稲架(はさ)日和 」 堀井より子
「稲架」は「稲掛け」のこと
by uqrx74fd | 2013-12-06 07:44 | 生活