万葉集その四百五十八(春菜摘む)

( セリ 奈良万葉植物園 )
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( ナズナ 向島百花園 )
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( ハコベラ  同上 )
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( ゴギョウ  同上 )
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( ホトケノザ  同上 )
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( スズナ  同上 )
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( スズシロ  正歴寺の近くの出店で 奈良)
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( ワラビとカタクリ  森野旧薬園 奈良 )
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( ヨメナの花  浄瑠璃寺 京都 )
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( スミレ 山の辺の道 奈良 )
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「 明日よりは 春菜(はるな)摘まむと 標(し)めし野に 
             昨日も今日も 雪は降リつつ 」  
                     巻8-1427   山部赤人(既出)


( 明日から春菜を摘もうと野原に「標(し)め縄」を張り巡らせて楽しみにしていたのに。
  昨日も今日も雪ばかり。) 

      
標め縄: 自分の領分を示す縄   
春菜; はるな、わかな、両方の訓みあり

「春はもう、そこまで来ているはずなのになぁ」とため息をつきながら
一日千秋の思いで待ち続ける春菜摘み。
新鮮な食糧を長期保存する術がなかった古代の人たちは、秋に収穫した野菜を
塩漬けにしたり、乾燥させて水で戻すなどして一冬を凌いでいました。
雪が長引くと貯蔵食も底をついてしまうという切迫感。
「あぁ、新鮮な野菜が食べたい!」
人々か心からそう思ったことでしょう。

そして水が温んでくると

「 (正月) 七日は 雪間の若菜 青やかに摘み出でつつ--」  (枕草子第3段)

と晴れやかな気持ちで野に繰り出し、雪間から萌え出てきた生命力旺盛な若菜を摘んで
食べることにより、その生気が自分達の身に浸透し厄災や万病を取り除いてくれる
ものと信じていたのです。

「 春日野に 煙立つ見ゆ 娘子(をとめ)らし
   春野の うはぎ摘みて煮らしも 」 
                  巻10-1879  作者未詳(既出)


「うはぎ」は 嫁菜(よめな)で秋に紫色の野菊のような花を咲かせます。
野で煮炊きするのは、成人になった女性に母親や年上の女が食べることが出来る
野草を教える行事でもあったようです。

「 難波辺(なにはへ)に 人の行ければ 後(おく)れ居て
    春菜摘む子を 見るが悲しさ 」 
                巻8-1442 丹比屋主 真人(たぢひのやぬしのまひと)


( 難波の方へ夫が出掛けているので、ひとり後に残って春菜を摘んでいる子
 その寂しそうな様子を見ると、いとおしくてならないよ。 )

賑やかに語らいながら菜摘を楽しんでいる女性の中で一人集団から離れている
若妻がいたのでしょうか。
夫は防人として任地に旅立ち何時帰るとも分からない。
作者は知人なのかそれとも人妻に恋をしてしまった?のか。

「 川上に洗ふ若菜の 流れ来て
    妹があたりの 瀬にこそ寄らめ 」  巻11-2838 作者未詳


(この川上で洗っている若菜、これが流れて行ってあの子の住む家のそばの川の瀬に
寄ってくれればよいのになぁ )

思う女に寄り添いたい男、自身を若菜に譬えています。
川で乙女が若菜を洗っている。
その一葉が洩れて みるみる流れ去ってゆく。
これが自分で、下流に住む彼女の家に行きつけばよいのにと願う純情な男

「 春山の 咲きのををりに 春菜摘む
   妹が白紐 見らくしよしも 」  
                   巻8-1421 尾張 連(おはりのむらじ)


( 春山の花の咲き乱れているあたりで春菜を摘んでいる子、その子のくっきりした
 白紐を見るのはなかなかいい気持だ )

春は盛り、花は山桜と思われます。
満開の桜を背景に野原で青菜を摘む乙女。
一面緑萌える中で、色華やかな衣装をまとい長い白紐で腰を結んだ恋人が
歌を詠いながら菜を摘んでいる。
突然、春風が野を吹き抜け、青空を舞う紐。
「 人間に焦点をすえながら春山の躍動を讃えた」(伊藤博) 一首です。

「咲きのををりに」は 「花が枝も撓むほどに咲いている辺りに」の意で 
「ををり」撓み曲がる。

春菜や若菜は春の野菜の総称ですが、当時の人たちはどのような草を摘んで
食べていたのでしょうか。
歌に出てくるのは、せり、うはぎ(ヨメナ)、みら(ニラ) 野蒜(のびる)、よもぎ、
すみれ、たで、茅(ちがや)、カタクリ、わらび、など。
栽培種では青菜 (蕪、大根の総称、葉を食べたのでその名がある)。
歌にないもので当時の木簡などで確認されているのは 蕗、土筆、ワサビなど。
ほとんど現在でも食されているものばかりです。

 「 紫を 俤(おもかげ)にして 嫁菜かな 」  松根 東洋城

「春の七草」が文献で初めて確認されるのは南北朝時代、四辻善成が「河海抄」で
七種の草を選んだのが最初とされ、その後、歌道師範家として名高い冷泉家に
次のような歌が伝えられました。

「 せり なずな ごぎょう はこべら ほとけのざ 
     すずな すずしろ 春の七草 」


また、平安時代の七種(ななくさ)粥は
「米 粟(あわ) 黍(きび) 稗(ひえ) 篁子(みの=水田に生える野草の実) 小豆 胡麻」
など七種類の穀類などで炊かれ、正月15日(小正月)に食し、のちに小豆粥として
継承され、正月7日の朝に食べる七草粥の姿になるのは鎌倉時代からだそうです。

   「 七草に さらに嫁菜を 加へけり 」 高濱虚子

( ご参考 )

芹(せり)    一つのところで競り合って生えるので「せり」
薺(なずな)    ぺんぺん草ともいう 
         果実の形が三角形で三味線の撥に似ており
         又、茎を口にくわえて引張って弾くとペンペンと音がする
繁縷(はこべら)  茎が長く連なって箆(へら)のように繁殖する
御形(ごぎょう)  母子草ともいう。茎の端に小さな頭花が球状に集まって
         咲くので子が母にまつわりつく様子を例えた。 
         御形は人形のこと。餅に入れ母子餅と称し
         後に蓬(よもぎ)に変わり現在の草餅となる
仏の座(ほとけのざ) 田平子(たびらこ)ともいい仏の座布団(蓮華)のような
          形をしている
菘(すずな)    蕪  根が球の形をしているので「かぶ」という かぶは頭のこと
清白(すずしろ)  大根 菘の代わり(菘代)ともいう 

ご参照

万葉集遊楽  40 芹―春の七草
同     94 蔓菜 (あをな) 
同     196 若菜摘み (嫁菜) 
同     264  蓬(よもぎ)
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by uqrx74fd | 2014-01-10 08:06 | 生活

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