万葉集その四百六十四(恋の松)

( 亀の形をした小島に立つ小松 鶴ならぬ白鷺が  旧芝離宮庭園 )
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( 二人で仲良く渡りましょう  松の並木橋  浜離宮庭園 )
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( 雪の松  高千穂神社 佐倉市 )
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(  同上 )
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( 池の映り込みが美しい  旧芝離宮庭園 )
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( 傘の松  相々傘のよう  京都御所 )
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( 菱川師宣 見返り美人 記念館入場券 千葉県 )
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(  見返り美人にみえませんか?   皇居東御苑 )
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古代、「大和の国は言霊(ことだま)の幸(さきは)ふ、助くる国」といわれたように、
言葉には霊力があると信じられていました。
すなわち、言(こと)は事に通じるため、言葉は物事を左右し,物事は言葉によって
表現されると考えられていたのです。

松という言葉も「待つ」と音が通じることから恋人の訪れを待つ、あるいは
旅する人の無事帰還を待つ場面に好んで使われています。

次の歌は744年新年、播磨国守として任地に赴いていた安倍虫麻呂という人物が
何らかの公用で都の邸宅に帰った時に催された賀会で列席の一人が詠ったものです。

「 我がやどの 君松の木に 降る雪の
       行(ゆ)きには行(ゆ)かじ 待ちにし待たむ 」
                      巻6-1041 作者未詳


( 私は我家の庭の、君を待つという松の木に降る雪のように、
  お迎えには行きますまい。
  ひたすらお待ちすることにいたしましょう )

「 雪(ユキ)のように行き(ユキ)はいたしません。
  松(マツ)のように待(マッ)ていましょう。あなたさまを 」

戯れて女の立場で詠ったもの。
松の木に雪が降り積もっているのを見て、言葉遊びをした即興の機転。
一同拍手喝采。
賑やかな席の雰囲気が感じられる一首です。
なお、安倍虫麻呂は大伴坂上郎女(家持の叔母)の従姉弟。

「 梅の花 咲きて散りなば 我妹子(わぎもこ)を
    来(こ)むか 来(こ)じかと 我(あ)が松の木ぞ 」
                         巻10-1922 作者未詳


( 梅の花 この花が咲き、そして散ってしまったならば おれは
 あの子が来るのか来ないのか待つ 松の木になってしまうばかりさ )

「梅の花咲きて散りなば」に女の心変わりの意が含まれており、
「 とうとう彼女に振られてしまったかぁ。
  今は「もしや」と、ただ待つだけの俺 。
  松の木偶(でく)の坊になってしまったわい」と自嘲したもの。

これも宴席での歌かも知れません。

「 わがやどの 松の葉見つつ 我(あ)れ待たむ
     早(はや)帰りませ  恋ひ死なぬとに 」 
                 巻15ー3747 狭野弟上娘子(さのの おとかみの をとめ)


( 我家の庭の松の葉を見ながら私はひたすら待っておりましょう。
  どうか早く帰ってきて下さい。
  この私が焦がれ死にしないうちに。)

740年中臣宅守(なかとみのやかもり)という官人が勅勘の身となり越前の国府
武生に配流されるという事件が起きました。
原因は不明ですが政治事件に巻き込まれたものと推定されています。

宅守は東宮に所属する女官の作者と結婚したばかり。
悲しみに暮れる二人は63首もの歌をやり取りしました。
当時歌に「死」という言葉は禁句とされていたにもかかわらず敢えて
詠わざるを得なかった、ほとばしるような激情。
松の葉という無数にある か細いものに託す藁にでもすがりたい恋心です。

「 白鳥の 飛羽山松(とばやま まつ)の 待ちつつぞ
    我が恋ひわたる この月ごろを 」   巻4-588 笠郎女


( 白鳥の飛ぶ飛羽山の松ではありませんが、この何カ月も
  私は貴方様のおいでを待ちながらお慕いし続けておりますのよ。)

大伴家持に惚れ29首もの恋歌を贈った作者。
待てども待てども 訪れも返歌もなし。
哀しき女の片想いです。
飛羽山は所在不明も奈良、東大寺東北の小峰とも。


「 松の木(け)の 並みたる見れば 家人(いはびと)の
      我れを見送ると 立たりしもころ 」

       巻20-4375 物部真島  下野(栃木)の防人火長(兵士10人の長)


( 松の木が立ち並んでいるのを見ると、家のものたちがおれを見送ろうと
  立ち並んでいたのとそっくり。
  あぁ、今頃どうしているだろうか )

「立たりし もころ」の「もころ」は、~のようだ

まん中あたりが少し曲がっている松は遠くから見ると人の形をしているように見えます。
菱川師宣の見返り美人を思い起こすような立居姿ですが、防人として出征する作者は
故郷の家族を思い出したのです。
妻は今頃どうしているだろう。
そして見送ってくれた家族たち。
しみじみとした旅愁を感じさせる一首です。

「 松は緑に 砂白き 
  雄松が里の おとめ子は
  赤い椿の 森かげに
  はかない恋に 泣くとかや 」

         ( 琵琶湖周航の歌2番 小口太郎作詞 吉田千秋作曲)

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by uqrx74fd | 2014-02-21 07:44 | 植物

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