万葉集その四百六十八(春霞)

( 霞む葛城金剛山脈 山辺の道から)
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( 春日野の朝  後方 春日山 奈良市 )
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( 菜の花畑  後方に霞む二上山  山辺の道から )
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( 梅 後方に三輪山  山の辺の道から )
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(  畝傍山 耳成山 後方金剛葛城山脈 山の辺の道から )
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( 畝傍山  香具山の麓で )
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( 早春の山辺の道   後方二上山)
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( 若草山焼きと朧月)
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( 春日山から顔を出した月 )
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立春を過ぎると歌の世界では今まで霧とよばれていたものが春霞という優雅な言葉に変身します。
しかも夜は朧(おぼろ)とよぶ念の入りようで、季節の移り変わりを観察し
美しい日本語を造り出す昔の人の繊細さには、ただただ驚かされるばかりです。
そもそも現代の人で立つ霧に春を感じる人は一体何人いるでしょうか。

「 うぐひすの 春になるらし 春日山
     霞たなびく 夜目に見れども 」 
                  巻10-1845 作者未詳

( もう、鶯の鳴く季節になったらしいなぁ。
    春日山にもう霞がたなびいているのが夜目にもはっきりとわかるよ )

鶯の初音と霞。
聴覚と視覚で春到来を感じ取った一首です。

暮れなずむ夕べ。
夜の帳が降りようとする頃、妙なる調べが聞こえてきた。
ふと春日山の方角をみると青白い朧が棚引いている。
幻想的な風景です。

「 雪見れば いまだ冬なり しかすがに
   春霞立ち 梅は散りつつ 」
                     巻10-1862 作者未詳 

(  雪が降り、まだ冬の寒さ。
  でも あたりは霞が立ち
  梅の花がもう散りはじめている。
  春が来ているのは間違いないのだなぁ )

予期しない春の雪。
梅の花びらも流れている。
雪か梅か、見まごうばかり。
山見れば残雪の中に棚引く霞
白一色の世界。
寒さの中で春の訪れをしみじみと実感している作者です。

「 春霞 立つ春日野を 行(ゆ)き返り 
     我れは相見む いや年のはに 」
                 巻10-1881 作者未詳  


( 春霞が立ちこめる春日野 この野を行きつ戻りつして
 われらは共に眺めよう。
 来る年も来る年も いついつまでも )

「いや 年のはに」 「いや」は「ますます」
             「年のはに」は 「毎年」

以下は自由意訳です

「 春日野で酒盛りやろうや 」と
  年来の親しい友が集まった

  広い野原の向こうには
  春日、御蓋、高円山
  棚引く霞は紫の帳 

  鹿も顔出し興を添え、
  歌えや踊れ おらが友。
  杯重ね また一献

  黄昏こめる春日野に
  お寺の鐘が鳴り響く。
  盡きることなき語り合い
  楽しきかな、愉快かな

  残り少ない人生を
  共に長生きいたしましょう 
  変わることなき友情は
  生きる元気の飯の種  」     (筆者)
 

「 風鐸の 霞むとみゆる 塔庇(とうひさし) 」  飯田蛇笏  

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by uqrx74fd | 2014-03-21 08:09 | 自然

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