万葉集その四百七十一(すみれ)

( 山の辺の道で   奈良)
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( 森野旧薬園で   奈良 )
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( 奈良万葉植物園で)
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( 山の辺の道 長岳寺付近で  奈良 )
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( 筆者自庭で )
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( 同上 )
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(  紫の絨毯 レンゲ 飛鳥で  奈良)
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( 紫の絨毯2 カタクリ  森野旧薬園  奈良 )
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「春の小川は さらさら行くよ
 岸のすみれや れんげの花に
 すがた優しく 色美しく
 咲いているねと ささやきながら」
           ( 春の小川  高野辰之作詞 岡野貞一作曲 より)


春到来とともに全国どこにでも見られた この麗らかな風景も今では身近に
お目にかかれないものになってしまいました。
我国では50種類、変種も含めると100種以上のスミレの仲間がいるというのに、
一体どこに咲いているのだろう? と思いながらよくよく観察すると意外にも
身近な公園や庭の片隅につつましく咲いていたのです。

一体誰が種まきをしたの?
実は、蟻さんの仕業なのだそうです。
というのは、スミレの種子の表面に甘い物資がコ-ティングされており、
それを好む蟻があちらこちらに運んで舐めたあとに棄てた種が発芽して
花が咲いた、と、いう次第。
雑草に混じって咲くスミレの強靭な生命力にも驚かされますが
蟻が好む甘さを一体どのようにして作り出したのでしょうか?
小さな自然界の不思議な営みです。

遠い、遠い昔。
スミレに埋もれながら朝まで寝てしまった粋な御仁がいました。
紫の絨毯を敷きつめたような野原。
持参した瓢(ふくべ)を取り出し、盃を重ねること一杯、また一杯。
やがて日が西に落ち、月が皓皓とあたりを照らす。
たふたうふたらり たふたらり
心地よい陶酔と暖かい空気が眠りを誘い、
いつしか大の字になって-。
いいですねぇ。

「 春の野に すみれ摘みにと 来し我れぞ
       野をなつかしみ 一夜寝にける 」
              巻8の1424   山部赤人 (既出)  


( すみれを摘もうと出かけたところ、ついつい夢中になり、
  とうとうこの野原で野宿してしまったわい )

何かの目的でスミレを摘んでいたところ面白くなり、気が付いたら
一夜過ごしてしまった。
野宿ではなく民家で泊めてもらったのかも知れませんが、いずれにしても
そのまま素直に鑑賞すれば長閑(のどかな)な叙景の歌となるはずが、
学問の世界とは難しいものです。

「一体何の目的でそんなに大量にすみれを摘む必要があったのか?」

ということを江戸時代以来、侃々諤々と議論されているのです。

1つに観賞用
   これは大量に必要ではありますまい。
2つは染料用
   現実的だが色が褪せやすく他に良い植物がいくらでもある
   そもそも宮廷歌人の赤人が日暮れまで採取する必要があるのか?
3つ目、食用
   花も葉も生食でもよし茹でてもよし。 
   現実味があるが、保存がきかないものを山ほど摘んでどうする?
4にスミレは女性の比喩
   まぁ、これはあるかもしれない。
5は薬用。
   乾燥し煎じて用い、創傷の解熱解毒、便秘などに効ありとする。

極め付きは、木下武司氏 (薬学博士 帝京大学教授)の「万葉植物文化誌 八坂書房」
に見える傑作。

「 赤人の名は赤ら顔からつけられたあだ名であろう。
  想像するに、赤人の病症には典型的な熱証 ― ほてり、があり
  血小板が少なく出血が止まりにくいとか、高血圧などの慢性疾患に
  悩んでいたのではないかと推察できる。
  これを治すにはスミレの性味は[寒]であるからぴったしと適合する。
  赤人が野宿までして採取したスミレは自ずからの病を治すための薬であり
  おそらく乾燥して長期保存して使用したと考えられ、
  当時の民間に伝承されていた療法であったのではないか。 」

の一文には驚愕しました。
何しろ赤人と云う名前は赤ら顔の故のあだ名であると断定し、
さらに病名まで想定されているのですから。

果たしてその診断が当たっているかどうか、赤人さんに聞いてみたいものです。
「 そんなの関係ねぇ。 美しい女性と一緒だったんだ。」と
仰せになるかもしれませんぞ。

斉藤茂吉はこの歌を大いに評価し

「 可憐な菫の花の咲きつづく野を連想すべきであり、
  またここに恋人などの関係があるにしても奥に潜(ひそ)める方が
  鑑賞の常道のようである」(万葉秀歌 岩波文庫) と

ロマンティックな情景を頭に描いておられますが、木下博士の文章を読んだら
あんぐりと口を開け、絶句されることでありましょう。

「 むらさきに 菫の花はひらくなり
    人を思へば  春はあけぼの 」     
                      宮 柊二(しゅうじ)


   ご参照: 万葉集遊楽その五十五 「すみれ摘み」
        同 その二百九    「すみれの花咲く頃」
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by uqrx74fd | 2014-04-11 07:02 | 植物

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