万葉集その四百八十一(紫陽花いろいろ)

( 長谷寺 奈良 )
b0162728_0131537.jpg

( 白山神社  東京)
b0162728_0125331.jpg

( 同上 )
b0162728_0123227.jpg

( 同上 )
b0162728_0121498.jpg

( 妙音寺 三浦市 )
b0162728_0115559.jpg

( 滝谷花菖蒲園  奈良 )
b0162728_0113984.jpg

( 明月院  北鎌倉 )
b0162728_0112161.jpg

( 同上 )
b0162728_011615.jpg

(  アジサイと同じユキノシタ科の イワガラミ  東慶寺 北鎌倉 )
b0162728_0105097.jpg

( 同上 )
b0162728_010312.jpg

「 思いきり 愛されたくて 駆けてゆく六月
     サンダル あじさいの花 」  俵 万智


梅雨の晴れ間の空の下、サンダルが解放感を一気に広げている秀歌です。

我国原産のアジサイはユキノシタ科の落葉低木で海岸近くに自生する
ガクアジサイが原種といわれています。
花は中心に小さく円く密集していて、花びらのように見えるのは咢(がく)。
普通四枚のものが多いので四片(よひら)あるいは四片花(よひらばな)ともよばれ、
茎は大きくなると固くなって木釘、楊枝に、花は解熱剤、葉は瘧(おこり)、
痙攣(けいれん)の特効薬に使われている有用の植物です。

「 あぢさえの 下葉にすだく蛍をば 
          よひらの数の 添ふかとぞみる 」
                        藤原定家 拾遺愚草


(  紫陽花の下葉に集まっている蛍は 
   四片(よひら)に咲く花に見まごうばかり )

「すだく」は集まるの意。
夕闇の中でほのかな光を点滅させる蛍、その光に浮かぶ紫陽花の咢は一瞬
蛍とみまがうよう。
と幻想的な場面を詠った作者。
「さすが定家、視覚的でしゃれている」とは栗田勇氏の評です。 ( 花のある暮らし 岩波新書)

「あじさい」の語源は
 「あじ」は集(あづ)で「ものが集まる」、「さ」は真(さ)で真実
 「い」は藍、 
「真に深い藍色の花」の意とされています。

漢字に「紫陽花」が当てられていますがこれは誤称。
というのは、昔、中国の白楽天が白と藍が混じった名前の分からない珍しい花を
「紫陽花」と名付けましたが、我国原産のアジサイとは別種の植物であったにも
かかわらず、平安時代の歌人、源順(みなもとの したごう)が勘違いして表記したもの。
訂正されないまま何と!1000年も誤りが続いており、もはや正すのは無理でしょう。
なお、日本からもたらされたアジサイは中国で八仙花とよばれているそうです。

「 茜さす 昼はこちたし あじさゐの
      花のよひらに 逢ひみてしがな 」 
                       穂積皇子 古今和歌六帳


( 昼はうっとうしく見える紫陽花も宵になると四片(よひら)の花びらが
  艶やかになります。
  そのような宵にあなたとお逢いしたいものです )

暮れゆく夕べの中でほのかに浮かぶ紫陽花。
幽玄な中にも艶やかさを感じさせる恋歌。
「宵」と「よひら」が掛けられています。

「こちたし」は「言葉痛し」、人の噂がかしましく、うっとうしい が原義。
ここでは「ぱっとしない」というほどの意味です。

穂積皇子は天武天皇皇子、妻は大伴旅人の妹大伴坂上郎女。
万葉ゆかりの作者なのにこの歌が万葉集に収録されていないとは
不思議なことです。

万葉集での紫陽花はたった2首。
目出度い花と色が変わるので心変わりする花です。

「 あぢさいの 八重咲くごとく 八つ代(よ)にを 
      いませ 我が背子(せこ) 見つつ偲(しの)はむ 」 
                              巻20―4448 橘諸兄(既出)


( あじさいがこの上もなく見事に美しく咲いているこの佳き日。
  あなた様にはこれからも末永くお元気でご繁栄されますように
  お祈りしています。
  これからもあじさいを見る度にあなた様を想っておりますよ )

この歌は丹比国人真人 (たじひのくにひとのまひと) という官人の慶事を
祝う宴席で作者がおどけて女性の立場で詠ったもの。
「八重咲く」は花が密集している様子をいいます。

一方、目出度い象徴の「あじさい」は花の色が良く変わる事から「七色の花」
「七変草(しちへんぐさ)」と呼ばれ「ころころと変わる信用できない人」の
例えにも詠われました。

「 言(こと)とはぬ 木すらあぢさい 諸弟(もろと)らが
     練(ね)りの むらとに あざむかえけり 」 
                             巻4―773 大伴家持


  ( 言葉を話さない木ですら アジサイのように色の変わる花がある。
  ましてや、使者の諸弟(もろと)めの口が達者なこと。
  ころころ変わる練達の言葉に、うまうま乗せられてしまったわい )

「諸弟」:使者を勤めた人の人名 
「練りの むらと(群詞)」:「練りに練った言葉の数々」

この歌は大伴家持が婚約者の坂上大嬢におどけて贈ったもので
今で言えば「うまうまと仲人口に乗せられてしまったよ」といったところで
しょうか。

正岡子規はこの歌の影響を受けたのか次のように詠んでいます。

「 紫陽花や きのふの誠 けふの嘘 」 正岡子規

紫陽花は文芸にふさわしくないと思われたのか、140種近くの植物を描写した枕草子、
110種ほどの植物をちりばめた源氏物語に登場していません。
変化する色は花という感覚に馴染まなかったのでしょうか。

「 さみだれの きのふ一日晴れしかば
         今朝は色よき あじさいの花 」 
                        三ヶ島葭子(よしこ)


万葉集で縁起と忌みとに見たてられたアジサイ。
花の変化を七変化と表現され、化け花、幽霊花の名も残ります。
一方、縁起の良いものとして門守りや金がたまるものとしても尊ばれたのです。
というのは、アジサイは湿気のあるところを好み、水気を吸うので
じめじめした環境を防ぎ、病を遠ざける厄除け。
さらに、アジサイの「アジ」は集まるの古語「集(あ)ず」、サイは「財」とよみなして
「金が集まる」という語呂合わせをしたのです。

  「 紫陽花の 毬(まり)まだ青し 降りつづく 」 松下古城 


幕末に来日したシーボルトは1823年「日本植物誌」を編み、各種のアジサイを
欧州に送りました。
その後、盛んに改良されて豪華な西洋アジサイになり、我国に里帰りし、
今日に至っています。

余談ながら
シーボルトはアジサイ学名(種小名)に、自らが愛した長崎、丸山廓の遊女、
其扇(そのおおぎ)、本名 楠本滝(タキ)の名を採り、「オタクサ」(お滝さんの意)と
命名しました。
牧野富太郎博士は
「シーボルトはアジサイの和名を私に変更して我が閨(ねや)で目じりを下げた
女郎のお滝の名をこれに用いて大いに花の神聖をけがした」
と大変なご立腹です。(植物研究雑誌)

ともあれシーボルトの日本医学に与えた影響は極めて大きく
長崎のシーボルト宅跡は史跡に指定され、また異人との悲恋を秘めたこの花を
いとおしむ多くの人達の希望により、昭和43年(1968)、長崎市の花となりました。

またシーボルトと滝との間に生まれた娘は「いね」と名付けられ長じて
美しく聡明な女性に成長し我国最初の女医になったのです。

うっとうしい梅雨の季節に明るく咲くアジサイ。
すぐれた園芸改良の結果、近代の感性とマッチし、いまや全国いたるところで
多くの人々を楽しませてくれています。

  「 雨に剪(き)る 紫陽花の葉の 真青かな 」 飯田蛇笏
[PR]

by uqrx74fd | 2014-06-20 00:14 | 植物

<< 万葉集その四百八十二 (茅:チガヤ)    万葉集その四百八十(年魚:あゆ) >>