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万葉集その四百八十二 (茅:チガヤ)

( 茅:チガヤ  奈良万葉植物園 )
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(  綿状になった穂  高千穂神社  佐倉市 )
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(  群生する茅  佐倉市の野原で )
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( 浅茅が原  この辺りは昔、茅が群生していたらしい 奈良公園浮見堂の上 )
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( 大神神社  茅の輪 奈良 )
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(  同上 神官を先頭に茅の輪をくぐる  大神神社  月刊なららより )
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( 日本橋のど真ん中に登場した茅の輪  和菓子屋 日本橋屋長兵衛 )
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( 銘菓 つばらつばら 鶴屋吉信 )
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「 妙高の ふもとの茅萱(ちがや) なびくなり
      頂きにして 雲うごくごと 」 与謝野晶子


茅(ちがや)はイネ科の多年草で全国各地の日当たりの良い原野に群生します。
地下茎を横に細長く這わせながら葉や花穂を出しますが、極めて生命力が強いので
古くから悪霊を追い払う霊力があると信じられてきました。
草丈は約80㎝、萱(かや)や菅より短いので浅茅(あさぢ)ともよばれます。(浅は短いの意)

開花前の若い花穂を「ツバナ」といい昔は食用にされていましたが、
甘味があるので近年まで子供のおしゃぶり代わりにもなっていたようです。
花後、綿に包まれたのような穂になりますが、一斉に風に靡く様は
芒とは一味違った風情を醸し出し「雲動くごと」という表現がぴったりです。
また、秋には葉や茎が鮮紅色に紅葉するなど変化自在。
根茎は利尿、止血などに用いられるなど、古代の人達にとって身近な植物であり、
万葉集に27首も登場します。
多くは「浅茅」と詠われ(23首)、残る4首は「つばな、ちばな」です。

「 浅茅原 つばらつばらに 物思(ものも)へば
     古りにし里し 思ほゆるかも 」 巻3-333 大伴旅人


( 心ゆくまま物思いに耽っていると、昔住んでいた明日香、あの浅茅が
一面に広がっていた我が故郷が懐かしく思われることよ )

都から遠く離れた九州大宰府に長官として赴任している旅人。
生まれ育った香具山に近い故郷を懐かしく思い出しながら、
「もう二度と奈良の都に戻れないのではなかろうか」
といささか感傷的になっています。

浅茅原は『あさぢ「はら」』、『つ「ばら」』と「はら」の同音を
繰り返す枕詞として用いられていますが、作者の脳裏には白い穂が一面に
靡いている光景が浮かんでいるのでしょう。

「つばらつばら」は「つまびらかに」の意ですがここでは「心ゆくままに」
「しみじみと」と解した方がよいと思われます。
「古りにし里」は新都「奈良」に対する古き里、すなわち「明日香」。

余談ではありますが京都の老舗「鶴屋吉信」の銘菓「つばらつばら」は
この歌の心を汲んで作られたものだそうです。

「 戯奴(わけ)がため 我が手もすまに 春の野に
     抜ける茅花(つばな)ぞ 食(め)して肥えませ 」
               巻8-1460 紀郎女(きのいらつめ)


( そなたのために私が手を休めずに春の野で抜き取った茅花(つばな)ですよ。
 これをたんと召し上がってお太りなさい )

作者は大伴家持の先輩官人、安貴王の妻で、かなり歳上の女性。
お互いに心を許しあった歌友という関係だったらしく、
ここでの戯奴(わけ)は下僕といったところ。
わざと家持を卑しめ
「 主人の私がわざわざお前のために採ってきた茅花です。
これを食べて太りなさい」
と詠ったもの。
この歌から察するに家持は瘦せ男だったか?

「手もすまに」は「手を休めないで せっせと」

「 我が君に 戯奴(わけ)は恋ふらし 賜(たば)りたる
    茅花(つばな)を 食(は)めど いや瘦せに瘦す 」
                             巻8-1462 大伴家持


( 私はご主人さまに恋焦がれているようでございます。
 頂戴した茅花をいくら食べても益々痩せるばかり)

私が一向に太らないのは貴女に恋煩いしているせい。
と面白おかしく切り返す家持。
楽しそうな雰囲気が彷彿される二人の会話です。

「 君に似る 草と見しより 我が標めし
     野山の浅茅 人な刈りそね 」    巻7-1347 作者未詳

 ( あの方に似る草と知った時から私が標縄を張った野山の浅茅です。
   だからどなたも刈らないで下さい )

村の若い女が若者に好意を抱いた。
「あの人は私が目に付けたのだから手を出さないで」と他の女に訴えたもの。
浅茅を男に例え、標縄は「あの人は自分のものよ」と目印を付けましたという意。
共同の草刈りでの労働歌とも思われます。

「 しら雲や 茅の輪くぐりし 人の上 」  乙二

大祓(おほはらえ)という神事があります。
古くは701年大宝律令によって定められ、6月と12月の晦日(みそか)に行われる
正式な宮中の行事です。
現在は6月は夏越(なごし)の祓、12月は年越の祓とよばれ、半年に1度罪や穢れ厄災を
茅で作った大きな輪をくぐり抜けることによって祓うという行事です。
各地の神社で行われていますが、地方によっては紙や藁(わら)で作った人形を
厄災を背負ってくれる身代わりとして川に流したりしているところもあるようです。

茅の輪を潜る時は

「 水無月(みなづき)の 夏越し(なこし)の祓(はらへ)する人は
    千歳の命 延ぶというなり 」  (出処は 紀貫之 古今和歌六帳とされる)


という古歌を唱えながら左回り、右回り、左回りと8の字を書くように茅の輪を
3度くぐりぬけるのが作法とされています。

この神事は神話上の人物である蘇民将来(そみんしょうらい)がスサオノミコトから
「もし疫病が流行したら茅の輪を腰につけよ」といわれ、その通りにしたら
疫病から免れることが出来たという故事に由来すると伝えられておりますが、
茅の霊力恐るべしです。

「 禰宜(ねぎ)くぐり ゆきし茅の輪へ 人なだれ 」 太田文萌
 
                  禰宜:神官

by uqrx74fd | 2014-06-27 04:40 | 植物

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