万葉集その四百八十七 (雷丘:いかずちのおか)

( 雷丘 巨大な鳥が両翼を拡げているよう  奈良飛鳥)
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( ここは雷という地名です  同上 )
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( 雷の丘の裏側は農家 )
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( 民家がびっしりの橫裏側  後方左上が雷丘 )
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( 左から 雷丘、畝傍山、後方は二上山 )
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( 甘樫の丘 )
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( 雷丘東方遺跡復元模型 左の杜は雷丘 飛鳥資料館 )
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(  風神雷神図  俵谷宗達  国立博物館蔵 )
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飛鳥、甘樫の丘から北に向かって約1㎞ばかり歩くと、巨大な鳥が両翼を広げている
ような形をした緑の塊が見えてきます。
標高わずか10m余、丘ともいえないほどに小さいのにその名はいかめしくも「雷丘」。

大昔、天皇の命令で落ちてきた雷を捕えた、あるいは雷のような目をした大蛇が
棲んでいたことなどによる命名と伝えられていますが、実はこの丘、小粒ながら、
なかなか由緒ある存在なのです。

古代、天皇の重要な仕事の一つに国見という儀式がありました。
国見とは天皇が聖なる高い場所に登り立ち、周りを俯瞰しながら国の繁栄と豊作を
予祝する重要な行事です。
当時、雷丘は頂上から飛鳥全体を見渡すことが出来たらしく、持統天皇の時代
ここで国見が行われていたことが万葉集で詠われています。
雷神は雨を司る神、その名をもつこの丘は五穀豊穣を祈る特別な場所だったのです。

「 天皇(すめらみこと)、雷の岳(をか)に 幸(いでま)す時に
      柿本人麻呂が作る歌1首 」( 天皇は持統の他、天武または文武説もあり)

「 大君は 神にしませば 天雲の
    雷の上に 廬(いほ)らせるかも 」 
                          巻3-235 柿本人麻呂

( 天皇は神様でいらっしゃるから、天雲を支配する雷の上に仮宮を
 お作りになっておられることよ )

廬(いおり)は身を清めたり休息するための仮屋のことです。
雷の丘に立たれる天皇を誇張し
「 雷神をも支配する偉大な大君は絶対的な存在である」と讃えています。

伊藤博氏は
『「天雲の」の枕詞がよく効いている。
天界の雲の上に鳴り響く雷、その雷の丘というつながりは、ただちに雷神信仰に
裏打ちされた雷の丘の気高さ、神々しさ、重々しさを力強く表し、したがって
山を支配して立つ天皇の絶対性が深まる 』と解説されています。(万葉集釋注)

人麻呂のお蔭で一見何の変哲もない丘は一躍不滅のものになりました。
もし、この歌が残されていなかったら周囲がすべて宅地や田畑に転用されている
状況からみて消滅する運命を辿ったことでしょう。

なお、雷丘は余りにも小さいので、所在について「甘樫の丘」ほか諸説ありますが
この稿では通説に従っています。

そもそも天皇が神であると詠われるのは壬申の乱以降です。
兄、天智天皇の子 大友皇子を倒して天武天皇に即位した大海人皇子は
見方によっては反逆、その正統性を疑問視されてもおかしくありません。

そこで、天武天皇は「古事記」「日本書紀」の編纂を開始して天孫降臨と
「 我が子孫が日本の国の王となるべきものである」という天照大神のお告げ、
いわゆる「天壌無窮の神勅」を創作し皇位継承の正当性の裏付けとします。
「天壌無窮(てんじょうむきゅう)」とは「永遠に変わらぬ」の意です。

そして、天皇を神と最初に詠った

「 大君は 神にしませば 赤駒の
     腹ばう田居を 都と成しつ 」 
                  巻19-4260(既出) 大伴御行(家持の祖先)

( わが大君は神であり、超人的なお方であるぞ! 
  強靭とされている赤馬でさえも動くのに難儀していた泥沼の湿原地を
  都に造り変えられた。)

など、
「 今上天皇は皇祖天照大神から直接国の支配を任され、さらに地方の国神をも
  従える存在であると」
と、行事や儀式の中で繰り返し詠わせ、天皇に絶対の服従を誓わせたのです。

かくして親政による中央集権を確立させた天武天皇は不安定な政情を
確固たるものに築きあげてゆきました。
現人神はいわば乱世古代国家統一の手段として創造された産物だったのです。

「 村の名を 雷といひ 耕せる 」   吉田千恵子

今日の雷周辺は田畑広がる中、農家や民家が立ち並び、傍らを飛鳥川が流れる
長閑な村です。
丘に登る階段や手すりがありますが、誰も利用しないのか草茫々。
折角だからと一応頂上までへと道なき道を上りましたが、長い蔓や雑草、木々に遮られて
周囲全体を俯瞰することが出来ません。
ただ、木の間から飛鳥の向こうまで見通すことができ、国見に適した高台であることは
実感できました。

突然大きな熊蜂がブウーンと羽音を響かせながら飛来。
足下からマムシが出てくるのではないかと心細くなり早々に退散することに。
雑草に覆われた道を下りながら
「1300年前、持統女帝もこの場所にお立ちになったのだ」と、
遥か古代に思いを馳せたことでした。

  「 鳴神や 雷(いかずち)丘を ゆるがせり 」  筆者


   ご参考 
       万葉集遊楽その150  「現人神の登場」
           同     212   「住吉の神様は現人神」
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by uqrx74fd | 2014-08-01 06:41 | 万葉の旅

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