万葉集その四百八十九 (檜扇:ひおうぎ)

( 檜扇の花   学友Y.Tさん提供 )
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( 檜扇の実 万葉人は「ぬばたま」とよんだ  奈良万葉植物園)
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(  同上  黒真珠のように美しい )
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( 扇を広げたような葉 )
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「檜扇(ひおうぎ)」はアヤメ科の多年草で根元から扇状に広がる剣形の葉が
衣冠の時に用いる儀礼用の檜の扇に似ているところからその名があります。
7~8月頃、暗紅色の斑点がある黄赤色の美しい花を咲かせますが、
夕方に萎む儚い一日花です。

晩秋になると莢(さや)が弾けて光沢ある黒色の実が飛び出しますが、
万葉人はこの黒真珠のような玉を「ぬばたま」とよびました。
「烏玉」「黒玉」と原文表記されているものがあるので「ぬば」は「黒」を
意味するものと思われます。

詠われた歌は何と79首。
余程魅力を感じたのでしょうが、不思議なことに植物そのものを詠ったものは
1首もなく、すべて夜、闇、今宵、夕べ、夢、黒髪、黒馬など黒いものに掛かる
枕詞として用いられているのです。

「 居明(ゐあ)かして 君をば待たむ ぬばたまの
   我が黒髪に 霜は降るとも 」     
                    巻2-89 古歌集(磐姫皇后とも)

( ここでじっと夜をあかしてあの方をお待ちいたしておりましょう。
  この黒髪に霜が降りてこようとも )

仁徳天皇の浮気に激怒して宮を飛び出し、知り合い邸宅に移ったものの、
「もしかしたら迎えに来るかもしれない」と微かな期待を胸に秘めながら
厳寒の夜、外で佇む、いじらしいばかりの女の姿。
あぁ、戻りたい。
でも私のプライドが許さない。
葛藤する女心。
ここでの「ぬばたま」は黒髪に掛かる枕詞です。

「 佐保川の 小石踏み渡り ぬばたまの
    黒馬(くろま)来る夜は 年にもあらぬか 」
                           巻4-525 大伴坂上郎女


( 私の瞼にあなたが黒馬に乗って佐保川の小石を渡っていらっしゃる姿が
 目に浮かびます。
 そんな素敵な夜が1年中ずっと続いてくれたらよいのに )

「年にもあらぬか」の「あらぬか」は願望をあらわし、同じ状態がそのまま
年中続いて欲しいという意。

作者が若き頃、藤原麻呂に贈った歌で、口先ばかりで一向に訪れがない
相手に対する可愛い抗議のジェスチャ。
早くも万葉屈指の恋の手練れの才能の片りんが窺える1首です。

次の2首は歌のボクシングです。

その昔、巨勢豊人(こせの とよひと)という小男と、斐太大黒(ひだの おおぐろ)
という大男がいました。
二人とも地が黒いのか日焼けしたのか、顔が真っ黒です。
そこで土器造りを生業としている 宿禰水通(すくね みみち)という男が
二人を飛騨産の馬にみたててからかいました。

「 ぬばたまの 斐太(ひだ)の大黒 みるごとに
     巨勢(こせ)の小黒し 思ほゆるかも 」 
                 巻16-3844(土師 宿禰水通:はにしの すくね みみち)

( 真っ黒な大黒よ お前をみるたびに 巨勢の小黒を思い出すよ。
 まるで愛し合う黒馬同志みたいだなぁ )

「思ほゆるかも」に相愛のニュウアンスがこもった痛烈な風刺。

そう云われては黙って居られない。
小男の巨勢豊人(こせの とよひと)がやり返す。

「 駒造る 土師(はじ)の 志婢麻呂(しびまろ)白くあれば
     うべ欲しくあらむ その黒き色を 」 
                           巻16-3845 巨勢豊人(とよひと)

( なにを云っているんだ。
  お前は年中家の中に閉じこもって粘土の馬ばかり作っているから
  痩せて色が真っ白のへなへな。
  どうだ、俺達の黒々とした男性美が羨ましいんだろう。)

色黒の両人は自分たちが飛騨産の黒馬に見立てられたので

「 おれ達は生きた精悍な黒馬だけどお前はしがない粘土の駒(馬)造り、
  栄養失調のように色も真っ白ではないか」 とお返しをしたわけです。 

なお、歌の「志婢麻呂」(しびまろ)は、宿禰水道(すくねみみち)の通り名(字)です。

「 よわよわと 咲き始めたる 射千(ひおうぎ)の
    いろかなしきは ただ一日のみ 」       斎藤茂吉 

                                                                                        

朝咲き夕べには萎む1日花の檜扇は「射千(やかん)」とも書きます。
漢方に由来する名で、乾燥させた根茎を喉や咳の薬として用いています。
万葉集に表記されている漢字の中に「夜千玉」「野千玉」(共にぬばたまと訓む)があり
薬草としても身近な存在であったようです。

 「 ぬば玉の 閨(ねや)かいまみぬ 嫁が君」    芝 不器男

   
新婚初夜。
 新婦は床入り前の寝化粧の真っ最中。
  鏡台に向かって仕度に余念なし。

 手持ち無沙汰の新郎。
 ちらちらと覗き見しながら落ち着かない。

 隣の部屋の明かりは ほんのり薄暗く、夜具が白く浮かんでいる。
 女の後姿と隣の部屋を交互に見ながら、まだかまだかと待っている男。
 いきり立つ我が息子! 
 待て待て、もうすぐの辛抱だぁ。 











 
   
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by uqrx74fd | 2014-08-14 17:21 | 植物

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