2014年 09月 12日
万葉集その四百九十三 (月読み:つくよみ)
( 仲秋の名月 )
( 観月賛仏会 唐招提寺 奈良市 )
「月読み」とは元々、古事記や日本書紀に登場する夜を支配する神、月読命(つくよみのみこと)を
指すものとされています。
古代の人は刻々と形を変え一定の期間を置いてまた復活する月に生命の永遠性を感じ、
神と崇めていました。
「読む」は「数える」を意味し、月の形で日数を数えることにより時の推移と
潮の満ち欠けを把握していたことによります。
万葉集での「月読み」は7首。
単なる月として詠われていますが、わざわざ「月読み」としたのは、畏敬の気持ちと共に
歌の初句に用いると調べが良くなり、後に続く光を導きやすいこともあったようです。
「 月読みの 光を清み 神島の
磯みの浦ゆ 船出す我れは 」
巻15-3599 作者未詳(遣新羅使人)
( お月様の光が清らかなので、それを頼りに神島の岩の多い入江から
船出をするのだ。 われらは )
新羅へ派遣された使人が難波津を出航し、瀬戸内海、鞆の浦を経て
九州に向かう時の歌。
神島は福山市西部にあり、風待ちの寄港地であったようです。
夜の船出を詠った珍しい例ですが、この辺りは季節風が吹き昼は逆風のため
順風の夜を待って出航したものと思われます。
「月(つく)読みの 光に来ませ あしひきの
山きへなりて 遠からなくに」
巻4の670 湯原王 (既出)
( ねぇ、月の光をたよりにお出かけくださいませよ。
貴方様のお住まいと私の家は、山が隔てていて遠いというわけではありませんのよ )
「山きへなりて」 「山き」の「き」は刻みの意で断絶を表すか(橋本四郎)
「へなる」 隔てとなる。
宴席の余興で作者が男の訪れを誘う女の立場で詠ったもの。
当時の妻問いは月の光を頼りに行くのが習いでした。
続いて男の立場での返歌。
「 月読の 光は清く 照らせれど
惑へる心 思ひあへなくに 」 巻4-671 作者未詳
( なるほど、お月様の光は清らかにそそいでいますが、私のあなたを想う気持ちは
千々に乱れる心の闇。
先が見えなくなって、踏ん切りがつきかねているのです )
「 惑へる心 」 恋に分別をなくした私の心
「思ひあえなくに」 思いを定めかねている 「あふ」は 「~出来る」で反語を伴う
「あなたを想うあまり心が乱れ、先が見えなくなっているのです」と
前歌の月の光に対して心の闇を配したもの。
この歌は作者未詳となっていますが、興に乗って湯原王が一人二役を
演じたのかもしれません、
楽しそうな月見の宴が目に浮かぶような一幕です。
「 月(つく)読みの 光を待ちて 帰りませ
山路は栗の いがの多きに 」 良寛
湯原王の歌を本歌取りしたもの。
良寛の家に風雅の友でもあり、有力な後援者でもあった阿部定珍(さだよし)と
話し込んでいるうちに日が暮れてしまい、慌てて帰ろうとする定珍を引きとめ、
また、帰路を気遣かった歌です。
本が買えない良寛は人から借り、要点を書きとめ、その恐るべき記憶力で
心にかなった歌や表現をたちまち暗記し自由自在に使ったといわれています。
(注: 本歌取りとは和歌、連歌などを意識的に先人の作の用語などを取り入れて作る事。
背後にある古歌(本歌)と二重写しになって余情を高める効果がある。)
「 天(あめ)にいます 月読壮士(つくよみをとこ) 賄(まい)はせむ
今夜(こよひ)の長さ 五百夜(いほよ) 継ぎこそ 」
巻6-985 湯原王
( 天にまします月読壮士さま 贈り物ならいくらでもいたしましょう。
どうか今宵の長さを五百夜分も繋ぎあわせて下さいませ )
宴席で女の立場で詠ったもの。
美しい月、今夜限りではなく五百夜までも見たいものですと楽しげに詠う作者。
「月読壮士(つくよみをとこ)」に男神の名残が見られます。
作者は歌の名手、志貴皇子(天智天皇の皇子)の子。
ロマンあふれる秀歌を19首も残していますが、平安朝の歌を先取りしたような
優美な調べのものばかりです。
今年の仲秋の名月は9月8日。
翌9日はスーパームーン、月が一番大きく見える日です。
全国各地で古式豊かな月見の宴が行われたことでしょう。
「 名月や 只美しく 澄みわたる 」 三浦樗良(ちょら) 江戸中期
by uqrx74fd | 2014-09-12 06:38 | 自然