万葉集その五百一 (山 色づきぬ)

( 春日野にて  前方の山は御蓋山  後方春日山  奈良 )
b0162728_53551100.jpg

( 奈良公園 )
b0162728_5353024.jpg

( 奈良公園の鹿 )
b0162728_535797.jpg

( 遊ぶ子供たち )
b0162728_5344930.jpg

( 手向山八幡宮  奈良 )
b0162728_5343065.jpg

( 同上 )
b0162728_534741.jpg

( 大仏池 )
b0162728_5334138.jpg

(  長谷寺  奈良 )
b0162728_533209.jpg

( 杉玉  揮毫は前東大寺管長 上野道善師 (筆者学友)
b0162728_533363.jpg


「 拝啓 林間に酒を温めて、紅葉を焚く時候と相成りました。
  銘酒あり、一献献上、御来駕あれ 」

このような粋なお誘いを受けて断るわけにはまいりません。
何はともあれ古都奈良へ馳せ参じて全員集合。
澄み切った青空の下、万葉の故地、春日野、初瀬、三輪、龍田を巡ります。

まずは春日野から仰ぎ見る春日、高円、御蓋の山々。
今年も美しく色づきはじめていました。

 
「 雁がねの 寒く鳴きしゆ 春日なる
    三笠の山は 色づきにけり 」   
                  巻10-2212 作者未詳

(雁が寒々と鳴いてからというもの 春日、三笠の山は美しく色づいてきましたね。)

「 山粧ふ (やま よそおふ) 」という言葉があります。
11世紀の中國北宋の画家、郭煕(かくき)の造語とされ、山笑う、山滴る、山眠ると共に
四季の山の表情を生き生きと表現したものとしてよく使われていますが、「粧ふ」は
豪華絢爛、錦の山を想像させます。

対する万葉人の「色づく」は、「ほんのり」と薄化粧。
紅葉は一気に赤や黄色になるのではなく、山の上から下へと向かって時雨に
濡れそぼちながら徐々に徐々にと彩りをそえてまいります。
古代の人はこのようなさまを草木の葉が「もみだされるように」変色すると感じ
「黄変」と書き「もみつ」と云っていました。
「もみつ」という動詞が名詞の「もみち」、さらに転訛して「もみぢ」になったのです。


「 こもりくの 泊瀬(はつせ)の山は 色づきぬ
    しぐれの雨は 降りにけらしも 」    
                            巻8-1593 大伴坂上郎女

( こもりくの初瀬の山は見事に色づいてきました。
時雨が早くもあの山々に降ったのでしょうね。)
作者は耳成山東北の地、大伴家の私領、竹田庄に行っていたようです。
古代、早秋の時雨は紅葉の色づきを早め、晩秋のそれは落葉を促すものと
考えられていました。
泊瀬の紅葉は昼夜寒暖の差が大きく色鮮やか、とりわけ長谷寺の堂宇の間から臨む
色とりどりの美しさはこの世のものとは思えません。

大和朝倉、長谷寺あたりはその昔「隠国(こもりく)の泊瀬(はつせ)」とよばれていました。
「はつせ(またはハセ)」は初瀬、泊瀬、長谷とも書きますがいずれも正しいとされ、
初(ハツ)は「初め」、泊は「終わり」、「長谷」は「狭くて長い谷」
そして「こもりく(隠国)」は「山々に囲まれた国」の意です。

すなわち「こもりくのはつせ」は「山々に囲まれた長い谷」にある霊験あらたかなる
観音様を拝して心機一転の「新しい人生を初め」、生涯の果ては「人生の泊(とま)りどころ」
つまり墓所が営まれた聖なる地なのです。

「 味酒(うまさけ) 三輪の社(やしろ)の山照らす
     秋の黄葉(もみち)の 散らまく惜しも 」
                              巻8-1517 長屋王

( 三輪の社の山を照り輝かしている秋のもみじ、その黄葉の散ってしまうのが
 惜しまれてならぬなぁ )

三輪の社は山そのものがご神体とされている三輪山
「味酒(うまさけ)三輪」は味(うま)い酒を盛ったみわ(御わ:土製の容器)の意で
神に供えることから三輪山に掛かる枕詞として使われています。

米の収穫が終わり酒の仕込みの時期になると、神様に感謝を捧げると共に、
裏山で採った杉の葉先を玉にして全国の酒屋に配ります。
店先に飾られた青々とした杉玉は「新酒できましたよ」のお知らせ。
時の経過とともに褐色に変色するのは酒の成熟度を示すのだそうです。

「 雁がねの 来鳴きし なへに 韓衣(からころも)
     龍田の山は  もみちそめたり 」  
                               巻10-2194 作者未詳

( 雁が渡ってきて鳴くやいなや、韓衣を裁(た)つと云う名の龍田の山が
  色づきはじめました)

韓衣(からころも)は大陸風の衣装、ここでは衣を裁つ(龍)の意で龍田に掛かる枕詞。
龍田の山は現在その名が存在しませんが、生駒山の最南端信貴山に連なる
西の山とされています。
古代 難波と大和を結ぶ官道がここを通っており、平安時代になると麓を流れる
龍田川が紅葉の名所とされましたが、万葉集では川の紅葉は詠われていません。

「 かくしつつ 遊び飲みこそ 草木すら
    春は生(お)ひつつ 秋は散りゆく 」 
                             巻6-995 大伴坂上娘女(既出)

( さぁ 皆さん 今夜は思う存分飲んで楽しく過ごして下さい。
  草や木でさえ春には生まれ秋に散ってゆくのです。
  我々も短い人生を大いに楽しみましょう )

再び春日野に戻って飲めや歌えの大酒盛り。
ここは山の麓の隠れ宿。
三笠の山に月が出た。

一献、また一献 。
美酒(うまさけ)、旨肴、云う事なし。
何よりのご馳走は、友との尽きせぬ語り合い。

楽しきかな、愉快かな。
隣の女性も仲間入り。
なんと! 遥々スエ-デンから見えた実業家、
英語達者が通訳し、
イングリッド・バーグマンに似ていると大騒ぎ。

かくして またたく間に秋の夜が更けてゆきました。

「 酒の燗(かん) せきに客くる 紅葉茶屋 」 穂北燦々

           せきに : (酒はまだかぁと) せかしに 
[PR]

by uqrx74fd | 2014-11-07 05:37 | 自然

<< 万葉集その五百二 「熟田津(に...    万葉集その五百 (遣唐使と鑑真) >>