万葉集その五百五 (泊瀬川:はつせがは)

( 泊瀬川 春は桜並木が美しい  対岸は昔 海石榴市があったといわれる)
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( 泊瀬川の上流 長谷寺への参道の脇を流れている )
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( 長谷寺 奈良県 )
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( 同上 )
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( 同上 )
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( 同上 )」
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( 同上 )
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( 紅葉が美しい長谷寺 )
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( 長谷路の民家 )
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(  名物 よもぎ餅  出来立ての熱々が美味しい  長谷寺の前で )
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泊瀬川は長谷寺の東北奥、小夫(おうぶ)、白木を源流とし、三輪山の麓では
三輪川、海柘榴市あたりで大和川とよばれ、やがて淀川に合流する一級河川です。

現在は水量も少なく水も澄んでいるとは言えませんが、古代は遣隋使、遣唐使船が
着岸したり、藤原京造営の資材運搬に利用されるなど重要な水路とされ、川幅は
今の2倍以上あったと思われます。

沿岸は伊勢街道。
長谷寺、伊勢参りの旅人が賑わう宿場町で、海柘榴市とよばれた市が立ち、
若い男女が集まって歌垣が行われるなど殷賑を極めていました。
旅行く人達は泊瀬川のほとりで疲れた体を癒しながら、滔々と流れる川を眺め、
初瀬の山を分け入り、四季折々の風景を楽しんだことでしょう。

万葉集で泊瀬という地名が登場するのは30余首。
多くの人たちを魅了した「こもりくの泊瀬」と「泊瀬川」です。


「 石(いは)走り たぎち流るる 泊瀬川
    絶ゆることなく またも来て見む 」 
                     巻6-991 紀 鹿人( きの かひと)

( 岩に激してほとばしり流れる泊瀬川 、この川の流れが絶えないように
 私もまた絶えることなくこの地の川を見にこよう )

「 岩にあたって砕け散る川波
  あぁ! 何と清々しいことよ
  幾度でも来て見たいものだ 」

と詠う作者は大伴家持と親しかった紀郎女の父。
大伴氏の私領 跡見(とみ)の庄を訪ねた帰りに三輪山麓、海石榴市あたりで
詠ったものです。
庄には大伴坂上郎女と弟稲公(いなきみ)住んでいたらしく、大伴、紀家の親密な
関係が窺われます。

「 泊瀬川 流るる水脈(みを)の 瀬を早み
     ゐで越す波の 音の清けく 」 
                          巻7-1108 作者未詳

( 泊瀬川の 渦巻き流れる川の瀬が早いので
 堰(せき)を越えてほとばしる波、その波音が清らかに聞こえてくる )

「ゐで」川の流れを堰き止める堤
「瀬を早み」は瀬が早いので

清流、泊瀬川に鮎が棲んでいたらしく鵜飼も行われていたようです。
土手に桜なども植えられ、周囲の山々の彩りも美しかったことでしょう。

「 泊瀬川(はつせがは) 早み早瀬を むすび上げて
   飽かずや妹と 問ひし君はも 」 
                          巻11-2706 作者未詳

( 泊瀬川のほとばしる早瀬の水 その水を手に掬(すく)い上げて
 飲ませてくれながら 
 「お前さん おいしいだろう 十分に満足したかい」と
 尋ねて下さったあの人。
 今ごろどうなさっているのでしょう )

「泊瀬川(はつせがわ)」、早み(はやみ)、「早瀬」(はやせ) と「ハ」を3回重ねる
軽快なリズムは清冽な流れを思い起こさせます。

「むすび上げて」の「結ぶ」は両手で水をすくうことですが、二人の肉体関係をも
暗示しているように感じるのは深読みか。

川を眺めながら、かっての情景を思い浮かべ恋人の手のぬくもりを感じている。
愛する人は今何処。
男は遠くを旅しているのか。
あるいは過ぎ去りし若き頃の楽しい初恋の思い出なのでしょうか。
作者未詳歌ながら味わい深い一首です。

初瀬川に掛かる馬井手橋の中央に佇むと左手に三輪山、中央に忍坂山(おさかやま:外鎌山)、
右手に音羽山。
振り返ると遥か彼方に二上山と金剛葛城山脈。
古の華やかな時代の様子を瞼に浮かべながら長谷寺へと向かいました。

  「 時雨降る またも来て見む 泊瀬川 」 筆者
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by uqrx74fd | 2014-12-04 19:38 | 自然

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