万葉集その五百十三 「茜(あかね)さす」

( 茜色  色の手帳 小学館より ) 
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( あかねの根  高温で煮て染料にする  yahoo画像検索 )
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( あかねさす富士の裾野 )
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( あかね雲 )
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( アルピコ交通 上高地線のカラフルな列車 )
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( 天平祭の華やかな衣装 奈良平城京跡 ポスター )
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( アキアカネ     yahoo画像検索 )
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( あかねの花  遠くから見ると蕎麦の花のよう   yahoo画像検索 )
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( 同上 )
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「 あかねさす 紫野行き 標野(しめの)行き
      野守は見ずや 君が袖振る 」 
                           巻1-20  額田王(既出)

「あかね」は山野に自生する蔓(つる)性の多年草で、根を高温で煮て赤色の染料に
することからその名があり、植物名であると同時に色名として使われています。
「さす」は「光や日が射す」などの自然現象をいい、万葉人はこの二つの言葉を合わせて
鮮やかな赤色をふまえた情緒感あふれる素晴らしい表現を造り出しました。

上記の額田王の歌はあまねく知られていますが、万葉集では13首も「あかねさす」が
登場しており、古代の歌人にとって馴染み深い成句だったことが窺われます。

ただ、植物そのものを詠った例は1首もなく、すべて昼や日、さらに色彩の類似から
紫や紅に掛かる枕詞として用いられているのは、染色された茜色の鮮やかさに比べて
初秋に咲く白い小花が地味で目立たないせいだったからでしょうか。

「 あかねさす 日の暮れゆけば すべをなみ
    千(ち)たび嘆きて 恋ひつつぞ居る 」
                           巻12-2901 作者未詳

( 日が暮れてゆくと何ともやるせなくて 私は幾度も幾度も溜息をつきながら
      あの方を恋慕っているのです。)

「すべをなみ」は術無(すべなし) の意。

男の訪れを今か今かと待つ女。   
たまらず外に出て通りを見渡すが人影は見えず。
あたりが次第に暗くなってゆく中で肩を落として待つ女のやるせなさ。

「 あかねさす 昼は物思(ものも)ひ ぬばたまの 
        夜はすがらに 音(ね)のみし 泣かゆ 」
                      巻15-3732 中臣宅守(なかとみのやかもり )

( 明るい昼は昼で物思いにふけり、
 暗い夜は夜通し声を上げて泣けてくるばかり )

738年前後、朝廷の官人である作者は新婚早々勅勘の身となり越前に配流されます。
罪の理由は女官との禁断の恋、重婚、政治的策略説などあり、はっきりしません。
恋の相手は狭野芽上娘子(さの ちがみのおとめ)。
二人がやり取りした恋歌は宅守40首、娘子は23首という膨大なものです。
約1年8か月ばかりを経て赦され、昇進して都に栄転したところを見ると、
はやり政治的事件に巻き込まれた失脚かと思われます。

「 あかねさす 日は照らせれど ぬばたまの
      夜(よ)わたる月の 隠らく惜しも 」
                          巻2-169 柿本人麻呂

( 天つ日は照り輝いているけれども 夜空を渡る月の隠れて見えぬことの悲しさよ。)

「ぬばたま」は檜扇の古名で実が黒いことから夜に掛かる枕詞。

昼の太陽、夜の月を対比させ、「あかねさす」「ぬばたま」を添えることにより
白黒、明暗、色彩感あふれる世界を生み出し、奥深い情緒を感じさせています。

この歌は689年、天武、持統天皇の皇子、草壁皇子の1回忌の席で詠われたもので
月は草壁、日は持統を暗示し、歌の前段に次のような趣旨の長歌があります。

『 天地開闢の神話によると先帝天武天皇は神の子として明日香に降臨され、
神のままに瑞穂の国の統治を行ったが、あとを草壁に任せて天界に帰られた。
それゆえに人々はその皇子の統治に期待を寄せていたのに、
残念ながら真弓の丘などに籠ってしまった。
皇子に仕えていた人々はただ途方に暮れているばかりである。』

ライバル大津皇子を冥界に退けてまで草壁天皇即位にすべてをかけた持統女帝の
落胆はいかばかりであったことでしょうか。

万葉人に愛された茜色。

我国のアカネは根が細く必要量を得るのに手間がかかる上、鮮やかな緋色にするために
高温に保った器で根を煮出し触媒剤(灰)を使い、厄介な副成分であるタンニンを取り除き
さらに紫草や紅花と交染するという複雑かつ高度な技術を要したといわれています。

織られた衣服は極めて貴重なものゆえ、その着用は親王、諸王の皇族に限られ、
それ以下の身分のものは禁色、庶民には全く縁のない色でした。
それにしても古代の染色技術の確かさには驚嘆いたします。

今日茜染めと称されているものは容易に色素を抽出できるインド原産の
セイヨウアカネや中国で薬用に栽培されている茜を用いているようです。
ちなみに「ローズマダー」とよばれる絵具はセイヨウアカネノ成分である
アリザニンが合成されたもの。
独特の芳香がある天然ものは希少,高価でお目にかかったことがありません。

       「 染色の 山の麓や 茜掘り 」 素丸 
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by uqrx74fd | 2015-01-30 06:40 | 植物

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