万葉集その五百十五 (宇治川)

( 宇治川 )
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( 琵琶湖から流れ込む川水 )
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( 宇治橋 )
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( 壬申の乱 奈良万葉文化館 )
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( 放し飼い?の鵜 )
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( 鵜飼  大人気の女性鵜匠  yahoo画像検索より )
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( 網代 )
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( 宇治平等院鳳凰堂 )
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 ( 池に映える鳳凰堂 )
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宇治川は琵琶湖を源流とし、山間を南西に大きく迂回しながら木津川、桂川と
合流して淀川に注ぐ大河です。
古代この流域一帯は大和.近江間を結ぶ交通と物流の要衝であり、
壬申の乱の折には戦略的重要地点として争奪の戦いの舞台にもなりました。
646年、奈良元興寺の僧、道登(どうとう)によって我国最初の本格的な大橋が
架けられたと伝えられていますが、架橋するまでの移動手段は小舟によるしかなく、
熟練の船頭でも激流には手を焼いていたようです。

次の5首の歌は宇治を訪れた官人たちが川岸で酒宴を催したときのものですが、
橋がまだ架けられていなかったか、あるいは災害で流失と架橋を繰り返していた
時期であったのかは不明ですが、川渡りの様子が詠われています。

「 宇治川は 淀瀬(よどせ)なからし 網代人(あじろひと)
    舟呼ばふ声 をちこち聞こゆ 」   
                        巻7-1135 作者未詳

( ここ宇治川には歩いて渡れるような緩やかな川瀬などないらしい。
 網代人が岸に向かって舟を呼び合う声があちこちから聞こえるよ。)

伊藤博氏は宇治川の夜景とされ、

『 川の中に網代を設けて魚を捕る人の岸辺に向かって舟を呼ぶ声が
  闇夜を貫くのを聞きながら宇治川の激流を想像している
  人と川の緊張関係が影絵のようになっている点が印象的である。
  一種の宇治川賛歌といってよい。』と解説されています。 (万葉集釋注) 

網代は宇治川の代表的な景物で、秋から冬にかけて河中に上流に向かって
V字型に杭を打ち並べ、竹などで編んだ簀(す)を張り、流れと共に下ってくる
琵琶湖の小鮎を捕る仕掛けです。
琵琶湖の鮎は一般に海まで下らず、成魚でも普通の鮎の半分くらいの大きさ。
その稚魚を氷魚とよび捕えて食膳に供します。

「 宇治川に 生(お)ふる菅藻(すがも)を 川早み
    採(と)らず来にけり つとにせましを 」 
                              巻7-1136 作者未詳

( 宇治川の流れが速いので川に根生えている菅藻を採らないできてしまった。
      家への土産にすればよかったのに )

「川早やみ」 川の流れが速いので
「つと」 「包む」と同源の言葉で「土産」のこと。

菅藻とはいかなる藻か不明ですが、川に靡く藻は女性に譬えられるので、
酒宴の席に「あの美女を連れてくればよかったのに」
という意が含まれているようです。

「 宇治人の 譬(たと)えの網代 我ならば
   今は寄らまし 木屑(こつみ)来ずとも 」 
                            巻7-1137 作者未詳

( 宇治人の譬えとして誰もが持ち出す網代、私だったらとっくに
 その網代に引っかかっておりましょう。
 あなたさまの魅力を解しない木っ端女など来ないでも )

 
宴席に歌舞音曲、作歌を生業とする遊行女郎(うかれめ)が同席していたと思われます。
前の歌を受けて
「あなたが逃がした女性ほど美しくはないが私なら喜んで寄り添っていましょうに」
と冗談を言いながら座を盛り上げています。

「宇治人の 譬えの網代」とは「宇治人といえば誰もが網代を連想し、
網を張って美女をひっかける男の代名詞」の意
「木屑(こつみ)」は難解ですが「そこら辺にどこにでもいるつまらぬ木っ端女」と解します。

「 宇治川を 舟渡せをと 呼ばへども
   聞こえずあらし  楫(かじ)の音もせず 」 
                         巻7-1138 作者未詳

( 「この宇治川を舟で渡してくれ」としきりに呼んでみるが
  一向に聞こえないらしい。
  櫓の音さえしてこないよ。 )

酒食と楽しい会話を堪能し、いよいよお開きになってきた。
「さぁ、舟を呼んで帰ろうかと」思えども見当たらず。
声が届かないほど川音が大きく、また川幅が大きいと嘆息する作者。
本気で嘆いているのではなく、宇治川の大きさを褒めている土地褒めです。

「 ちはや人 宇治川波を 清みかも
    旅行く人の 立ちかてにする 」
                          巻7-1139 作者未詳

( 宇治川の川波があまりにも清らかであるからか、旅行く人がみな
 ここを立ち去りかねている )

 宴席の詠いおさめです。

「ちはや人」は宇治に掛かる枕詞で「千早振る」(畏怖すべき霊力に満ち荒々しい)という
神に掛かる枕詞の変形。

「立ちかてにする」 立ち難い

万葉集に見える宇治は18首。
そのうち宇治川,宇治の渡りが16首、万葉人にとって周りの景色より
川の方が印象深かったのでしょう。

今日の宇治はJR京都駅から奈良方面に向かう快速で20分足らず。
海外の観光客も多く、ごった返すような賑わいです。

宇治川は平等院参道入り口近くを流れており、昔の面影を残していますが、
ダムで水量を調整しているため水量も少なく、逆巻く奔流は見えません。

放し飼いにしているのでしょうか、川の真中で鵜が気持ちよさそうに羽を広げています。
川のほとりの中州に鵜小屋があり、二人の女性の手並み鮮やかな鵜飼が
観光客を湧かせているようです。

宇治といえば藤原頼道建立の平等院。(1053年)
左右の翼廊と尾廊を備えた美しい建物と中央大棟の両端を彩る金色の鳳凰。
堂内には定朝作と云われる阿弥陀仏と飛天。
いずれも素晴らしく見惚れるばかりです。
折から修学旅行の学生の大集団。
急に賑やかになった境内を後にし、近くのお茶屋で美味しい宇治茶を戴いた後、
奈良へ向かいました。

            「 宇治川の 浮鵜に こぼる 梅の花 」  筆者
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by uqrx74fd | 2015-02-12 17:08 | 自然

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