万葉集その五百二十三 花紀行 (曽我川、藤原京跡)

( 曽我川の桜  今日は雨  奈良県橿原市 ) 
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(  同上   晴れた日に )
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(  にほふがごとく今盛りなり  同上 )
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(  河俣神社から畝傍山を臨む  同上 )
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( 藤原京跡の近くから耳成山を臨む 奈良県 )
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(  桜と菜の花が美しい  同上 )
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(  左から香久山、畝傍山、耳成山  大美和の杜から  山の辺の道 )
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( 左 耳成山 右 香久山  甘樫の丘  飛鳥 )
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( 河俣神社  曽我川沿い )
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(  金剛葛城山脈  曽我川の近くから )
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近鉄南大阪線、橿原神宮から2つ目、坊城駅で下車、ここから北に向かうと
僅か5分足らずで曽我川の前に出ます。
両岸は約2㎞以上続く美しい桜並木。
この辺りは昔、雲梯(うなて)の杜とよばれ、万葉集で「鷲が棲む」と詠われていた
ところですが、今はその面影はなく、住宅が立ち並ぶ中こんもりと茂った木立に
囲まれた河俣神社にその名残をとどめているのみです。

このようなところへわざわざ花見?
実は、観光客は勿論のこと地元の奈良の人にもほとんど知られていない
絶好の穴場なのです。

川沿いの桜並木は全国各地で多く見られますが、どこもかしこも人、人、ひと。
ところがここは、不思議にも人がほとんどいなく、たまに釣りする人を見かけるのみ。
存分に美しい風景を堪能できます。

延々と桜が続く道端には菜の花、れんげ、すみれ、タンポポが咲き乱れ、
川には大きな鯉や亀が悠々を泳いでいる。
遠くに金剛葛城連山、近くは畝傍山。
まるで桃源郷に迷い込んだような気分になります。

今日はあいにくの雨。
時折強風が吹き過ぎますが、桜はしなるように揺れるだけで花びらはほとんど散りません。
まだ、満開になったばかりなのでしょう。
あぁ、美しい!!

この桜が吹雪となって舞い上がる瞬間を想像すると心が躍りますが、まだまだ
楽しませて欲しいと願う心境は万葉人も同じだったようです。

「 春雨は いたくな降りそ 桜花
    いまだ見なくに 散らまく惜しも 」
                         巻10-1870 作者未詳


( 春雨よ ひどくは降るな
 桜の花をまだよく見ていないのに、散らしてしまうのは惜しいのでな )

眼前に流れる曽我川も万葉集で1首、恋の歌が詠われています。

「 ま菅(すが)よし 曽我の川原(かはら)に 鳴く千鳥
      間なし わが背子 我(あ)が恋ふらくは 」 
                        巻12-3087 作者未詳(既出)


( 菅(すが)が多く生えている曽我(そが)の川原、
  その川原で絶え間なく鳴いている千鳥のように、
  私の貴方に対する恋心はやむこともなく燃え上がっています )

菅(すが)は「すげ」ともよばれるカヤツリ草科の多年草で蓑や笠などの材料になる
生活に欠かせない植物です。
マスガ、「間なし(マナシ)」と「マ」を重ね、さらにスガ、ソガ、アガと「ガ」を
繰り返して軽快なリズムを奏でています。

当時、曽我川に桜並木はなく、菅が生い茂る川原だったのですね。
美しい乙女が畝傍山を眺め、千鳥の鳴き声を聴きながらうっとりとしている姿が
目に浮かぶようです。

「 畝傍山 香久山つなぐ 桜かな 」  筆者

桜並木の下をゆっくりと通り過ぎながら藤原京跡の方へ。
春雨を身に受けている桜は心なしか頭を垂れているように見え、
これもまた風情があります。

藤原宮跡から眺める大和三山は靄(もや)で煙っており、いかにも春らしい。
香久山に咲く桜が白く見え

「 春過ぎて 夏来(きた)るらし 白袴(しろたへ)の
      衣干したり 天の香久山 」    
                          巻1-28  持統天皇(既出)

の歌を思い起こさせます。
持統女帝もこの辺りから香具山をご覧になっていたのでしょうか。

目を転じて畝傍山、耳成山を眺めると、まず思い浮かべるのは
有名な大和三山妻争いの歌です。

「 香具山は 畝傍惜(を)しと 耳成と 相争ひき
  神代より かくにあるらし
  いにしへも  しかにあれこそ
  うつせみも 妻を 争ふらしき 」 
                  巻1-13 中大兄皇子(後の天智天皇 既出)

( 香久山は畝傍を手放すのが惜しいと耳成と争った。
どうやら神代の頃からこんなふうであったらしい。
だからこそ、今の世の人も妻をとりあって争うのであろう。)

三つの山を恋争いに見立てるとは!
ロマンティックな古代の皇子よ。

藤原京跡地後方の桜並木を通り抜けると一面に広がる菜の花畑。
桜、菜の花のピンクと黄色の競演が素晴らしく、遠くに霞む耳成山も美しい。

大和三山は、それぞれほぼ正三角形頂点の位置にあり神様が創造された芸術品、
しかも、見る角度により形が違います。

小林秀雄は 「 大和三山が美しい。
それはどのような歴史の設計図をもってしても
要約出来ぬ美しさのようにみえる 」   ( 蘇我馬子の墓)

と語っていますが、言葉もなく、ただただ見惚れるばかりでした。

「 ふり返り 見て花の道 花の中 」 稲畑汀子


  ご参照    万葉集遊楽 473 「雲梯(うなて)の杜」
           同   386 「大和三山妻争い」
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by uqrx74fd | 2015-04-10 06:45 | 万葉の旅

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