万葉集その五百三十三 (杜若:燕子花?)

( 長岳寺  奈良県天理市 山の辺の道 )
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(  同上  カキツバタの映りこみが美しい )
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(  同上 )
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(  同上 )
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(  カキツバタ  同上 )
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( 野アヤメ  畑に咲いていた   山の辺の道 )
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(  ハナショウブ  堀切菖蒲園  東京都 )
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(  アヤメ、ハナショウブ カキツバタの見分け方 )
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( 燕子花=オオヒエンソウ カキツバタではない  牧野植物随筆 講談社学術文庫 )
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(  杜若=アオノクマタケラン  これもカキツバタではない  同上 )
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広辞苑を引くと「かきつばた」は「杜若・燕子花」と表示されます。
歳時記も同様。
さらに「どこか飛燕をおもわせるところから燕子花とも書く」との丁寧な解説も。

ところが、これらはすべて間違いとされているのです。

牧野富太郎博士によると

『 燕子花はキツネノボタン科の飛燕草属のオオヒエンソウである。
 この生木はあまり日本にはきていないようだが、中国では普通に生えている。
 図を比較してみるとホントにこんなに違ったものを誤っているとはアホラシ-。

 杜若とする旧説はもっと非である。
 古今の俳人などは依然としてそうしているけれども、これはよろしく認識を改める
 べきである。
 なんとなれば元来、杜若なるものはショウガ科のアオノクマタケランのことで
 あるからだ。』 
             ( 牧野植物随筆 講談社学術文庫より 要約)

と力説されています。

学者も誤りを認識しており、

「 カキツバタは杜若、燕子花の字があたえられ、かきつはた、かきつはな
  かきつ、かきつばた、などとよませている。
  これらの漢名は誤用されているが,一度つけられた名前は訂正することは
  困難であり、現在でも通用している 」
                        (万葉植物事典 山田卓三、中島新太郎)

と指摘。
にもかかわらず、そのまま使われ続けているとは不思議なことです。

さて、万葉集では「かきつはた」と清音で訓まれ、その語源は「掻きつけ花」が
転訛したものといわれています。
「掻きつける」とは「摺りつける」という意味で、花汁を布にこすり付けて色を移し、
「摺り染め」にすることをいいます。

「カキツケハナ」→「カキツハナ」→「カキツハタ」と変わり、現在の「カキツバタ」と
なったわけで、語尾の「ハタ」は「ハナ」の変異形です。

「 かきつはた 衣(きぬ)に摺(す)り付け ますらをの
         着襲ひ(きそひ) 猟(かり)する 月は来にけり 」 
                                巻17-3921 大伴家持(既出)


( 今年もカキツバタの花が咲き始めましたが。相変わらず綺麗な色ですねぇ。
  この花を着物に摺り付けて染め、ますらを達が薬狩りする時期がきましたよ。
  それぞれどのような衣装でやってくるのかを待ちどうしいことです )

「着襲(そ)ひ 狩りする」とは「重ね着して飾り 薬狩に行く」の意。

当時、毎年5月5日(旧暦)に薬草や鹿の若角から鹿茸(ろくじょう:強壮剤)を採る
薬狩といわれる宮中行事が催されていました。

天皇臨席のもと、粋な出で立ちの高位高官、華やかに着飾った女官たち。
カキツバタで摺り染めにされた紫の衣装も美しく映えていたことでしょう。
ピクニックをかねた遊宴、大宮びとたちが心待ちしていた行事です。
 
 「 常ならぬ 人国山の 秋津野の
       かきつはたをし 夢に見しかも 」 
                                巻7-1345 作者未詳


(  人国山の秋津野に咲くカキツバタ。
   その美しい花を 私は昨夜夢に見ました )

「常ならぬ」は「人国山」の枕詞 無常な人の世の意
「人国山の秋津野」  和歌山県田辺市秋津町あたり 

この歌は「草によせる」とあり「人国山」という地名に
「他人の国の山に咲くカキツバタ」すなわち「世にも美しい人妻」という意味が
含まれているようです。

人妻に一目惚れした男。
とうとう夢にまでみて悶々としているのです。
カクツバタは古代から美女の形容だったのですね。

「かきつはたを し」の 「し」は強意の助詞

「 かきつはた 丹(に)つらふ君を いささめに
     思ひ出(い)でつつ 嘆きつるかも 」 
                           巻11-2521 作者未詳


( かきつばたのように顔立ちの立派なあなた。
 そんなあなたを ふと思い出しては溜息ばかりついています )

「丹つらふ」は通常美しい女性の肌の形容に用いられますが
「君」とあるので、血色のよい美男子の意。
「いささめに」は 「ふと」

男を知ったばかりの女なのでしょうか。
純情な乙女を想像させる一首ですが、伊藤博氏は
「まだ慣れない共寝に対する陶酔を背景にしている」と述べておられます。

「 よりそひて 静かなるかな かきつばた 」 高濱虚子

今年も長岳寺へ行ってきました。
824年弘法大師創建と伝えられている高野山真言宗のみ寺です。

山の辺の道、桜井から天理までテクテク歩き16㎞の中間点にあり、
巨大なつつじとカキツバタが迎えてくれます。

山門から重要文化財の鐘楼門までは背の丈2mもあるツツジの並木道。
風格ある本堂には1151年作の我国最古の玉眼の本尊、阿弥陀如来三尊像。
その堂々たる量感と美しい表現は後の運慶、快慶に大きな影響を与えたと
言われている傑作です。
前庭の池の周りのカキツバタ、つつじが今は盛りと咲き競い、
堂宇とともに映り込む風景が素晴らしい。

そよ風が清々しく吹き渡り、ゆったりとした時の流れに身をまかせる
この至福の時。

木蔭に座して、遥か古の世界に思いを巡らせること暫し。
あまりの気持ち良さに瞼が重くなりウトウトと。

「 お暑いですね。 冷たいお茶でも如何ですか 」
と涼やかな女性の声で我に返る。
庭を掃除しておられたご住職の奥様でした。

お休み処でよく冷えた三輪素麺を戴き、生き返った心持。
「またおいで下さい」の声に送られ
身も心も軽ろやかに花紀行を続けてゆきました。

天理まで残り8㎞です。

「 水の面に 音なき風や 杜若 」   下村 福

            注;杜若は原文のまま
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by uqrx74fd | 2015-06-18 15:50 | 植物

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