万葉集その五百三十八 (鎌倉花散歩)

( イワタバコ  北鎌倉 東慶寺 6月中旬 )
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(  イワガラミ   同上   )
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(  明月院ブルー 北鎌倉 )
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(  花地蔵  同上 )
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( 赤い紫陽花がいっぱい   亀ヶ谷切通し )
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( 萱草  源氏山公園の下で )
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( 山ユリ  同上崖下で )
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(  同上 )
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(  鶴岡八幡宮   鎌倉 )
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「 ま愛(かな)しみ さ寝に我(わ)は行く 鎌倉の
     水無瀬川(みなのせがわ)に 潮満つなむか 」 
                             巻14-3366 作者未詳


( あぁ、あの子が可愛くて可愛くてどうしょうもない。
 よぉ-し、俺は愛しい彼女を抱きに鎌倉へ行くぞ!
 それにしても、あの水無瀬川、今ごろ水が溢(あふ)れているかもしれないな。
 渡れるだろうか。)

川向うの隣村の乙女に惚れた男。
「潮満つ」は女の村の男たちのよそ者に対する妨害、嫌がらせを暗示しています。
当時、縄張り意識が強く、他村の女性に手を出すことはタブーだったのです。
下手すると、袋叩きにあうかもしれません。
それでも、「どんな困難があっても行くぞ」思わせるほど魅力ある女性だったのでしょう。

水無瀬川は鎌倉神輿ヶ岳に発し、由比ガ浜で相模湾にそそぐ稲瀬川(伊藤博)。

そんな歌を思い出しながら梅雨の晴れ間に北鎌倉へ向かいます。
まずは、イワタバコとイワガラミが咲く東慶寺。
イワタバコは古くは「山ぢさ」とよばれていました。

「 山ぢさの 白露重み うらぶれて
       心も深く 我(あ)が恋やまず 」
                      巻11-2469 柿本人麻呂歌集(既出)


( 山ぢさが白露の重みでうなだれているように、私もすっかりしょげてしまって。
 でも、あの人を心から愛する気持ちは一時も止むことがありません。)

日蔭で育つ「山ぢさ」はただでさえ茎が細いのに、露が加わり下向き加減にみえます。
その姿は恋の悩みに堪えかねて、うなだれているよう。
可憐な花のさまを自身の気持ちに重ねた一首です。

イワタバコは本州以南の日が当たらない湿った岩壁に自生する我国固有の多年草で、
15~50㎝もある大きな葉が根生し垂れ下がって生えます。
煙草の葉に似ているのでその名があり、淡い紅紫色の五弁の花を咲かせます。
暗がりに群生している姿は、まるで星が輝いているよう。
古代の人たちは、その若葉を山菜として食べ、古葉は煎じて胃腸薬に用いて
いたそうです。

「 裏崖に 花を映して 岩がらみ 」 筆者

「岩がらみ」は一見ガクアジサイに見えますが別種のユキノシタ科の植物。
本堂裏の崖から垂れ下がり、暗闇の中で白い花びらが浮かんで見えます。
まさに幽玄の世界。
ごく僅かな期間だけしか見ることが出来ない貴重な花です。

 東慶寺を出て紫陽花の明月院に向かいます。
 こちらは大変な人混み、入口で列を作り次から次へと並んでいます。

 「明月院ブル-」とよばれる明るい青の紫陽花。
 群生して連なる光景は壮観ですが、道が狭く混みあうので
 ゆっくり鑑賞することが出来ません。
 早々に退散して亀ヶ谷切り通しから源氏山へ。

「 鎌倉の見越(みごし)の崎の 岩崩(いはく)えの
      君が悔ゆべき  心は持たじ」   
                             巻14-3365 作者未詳(既出)

( 鎌倉見越ガ崎の崖はよく崩れる危険なところですが、私のあなたさまに対する想いは
  崖のように決して崩れるようなことはありません。
  「あの女め!心変わりしよって」と
  あなたさまが後々後悔なさるようなそんな不確かな心を私がもつものですか! )

鎌倉乙女が堅い恋心を誓っている歌です。
四つの「の」という「音」を重ねながら大地名、小地名、特定の場所へと運んでゆき、
さらに「崩(く)え」「悔(く)ゆ」の同音の調子が快く響きます。
見越の崎は現在の稲村ガ崎または腰越の崎といわれていますが、
崖崩れで知られていた山沿いの海岸でした。

扇ヶ谷の裏道からは巨岩もあり険しい登り。
おまけに前日の雨でぬかるんでいて滑りやすい。

大勢の小学生が社会科の勉強でしょうか。
「こんにちは」と挨拶しながら先へと進んでゆきました。

切り通しの崖の下や人家に色とりどりの紫陽花の花。
赤色が多く、美しく映えています。

ようやく頂上近くに辿りつきました。
さらに上ると源氏山公園、脇道を下ると銭洗弁財天。

ふと草むらを見ると美しい萱草(かんぞう)が。
濃い緑の中でひっそりと咲く花のオレンジ色がひときわ鮮やかです。
ユリ科の多年草で一重咲をノカンゾウ、八重咲をヤブカンゾウといい、
朝開き午後に閉じる1日花。
若葉は食用、根は薬用なるそうです。

万葉集では「忘れ草」という名で5首詠われています。

「 忘れ草 吾(わ)が紐(ひも)に付く 時となく
      思ひわたれば 生けりともなし 」
                              巻12-3060 作者未詳


( 忘れ草、憂さを払うというその草を着物の下紐につけました。
 年から年中あの人のことを想っていたのでは、生きた心地がしないほど
 苦しいのでね。)

「萱」という漢字に忘れるという意味があり、中国では「憂いを忘れる草」と
信じられていたそうです。
万葉人は着物の下紐に付けると効果があると思っていたのでしょう。
一種のおまじないです。

銭洗弁財天に向かう途中、崖の上に美しい山百合が。
まだ咲きはじめたばかりでしょうか、見目麗しく清楚な姿です。
風に吹かれ馥郁とした香りが漂ってきました。

「 道の辺(へ)の 草深百合の 花笑(え)みに
     笑みしがからに  妻と言うべしや 」 
                           巻7-1257 作者未詳 (既出)

( 道端の茂みに咲く美しい山百合の花。
  その百合が微笑みかけているように、私は行きずりのあなたに
  ちよっと微笑かけただけなのです。
  たったそれだけのことなのに、もうあなたの妻と決まったような事を
  おっしゃらないで下さいな )

相手が微笑みかけてきたのにつられて、つい微笑み返したことに対する
恥じらいと狼狽も感じられる一首。

「草深百合」という美しい造語が乙女の慎ましやかさを引き立てています。

 「 汗ひいて 洞然と 銭洗ふなり 」 石川桂郎

    「洞然と」(とうぜんと)
           「奥深いところから水の音がきこえてくる中で慎み深く」の意か。

銭洗弁財天に着くと、こちらも大勢の人。
高額紙幣を水で洗っている方もいました。
あとで乾かすのが大変でしょうに。

小休止したのち佐助通りを下り、そのまま鎌倉駅の方へ進みます。
市役所の近くのお蕎麦屋さんで昼食。
鎌倉ビールを注文し、肴は蒲鉾と卵焼き。
美味い鴨蕎麦を戴いて鶴岡八幡宮へ。
色鮮やかな七夕飾りが風に揺れていました。

本日歩いた距離は13㎞。
心地よい一日でした。

  「 鎌倉や 音かろやかな 土鈴雛 」  三沢たき

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by uqrx74fd | 2015-07-25 16:58 | 万葉の旅

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