万葉集その五百三十九 (川原撫子)

( カワラナデシコ  皇居東御苑 2015,6,20 )
b0162728_19442028.jpg

( カワラナデシコ  春日大社神苑 万葉植物園 2015,7,21 )
b0162728_194452.jpg

(  同上 )
b0162728_19435133.jpg

( 同上 )
b0162728_19433877.jpg

( 同上 )
b0162728_19432451.jpg

(  桔梗も満開  同上 )
b0162728_1943665.jpg

(  ヤブカンゾウ  同上 )
b0162728_19425154.jpg

( メハジキ  同上 )
b0162728_19424087.jpg

( オニユリ  同上 )
b0162728_1942281.jpg

(  ヤマユリ  同上 )
b0162728_19421674.jpg

 秋の七草といえば山上憶良が詠った
「 萩、尾花、葛、撫子、女郎花、藤袴、朝顔(桔梗) 」。

以来1250年間変わることなく不動の位置を占め、季語集も当然のごとく秋のものと
されています。(撫子は夏とされているものもある)
ところが近年、撫子は6月頃に咲きだし、秋になると枯れ果ててお目にかかれないのです。
桔梗も然り、萩さえ6月の終わり頃から咲き出している始末。
植物園に秋の七草コーナがありますが、秋まで元気なのは葛と尾花。
葛の花も八月中旬が見頃。

と言う訳で早々と万葉で26首も詠われている撫子を探しに行きました。
撫子は我国原産のものを「カワラナデシコ、大和撫子」中国産を「唐撫子、石竹」
とよんで区別し、万葉集で詠われているのはすべてカワラナデシコ(川原撫子)です。

まずは、皇居東御苑、秋の七草が集められている場所へ。
2015年6月20日のことです。
このコーナーは小さく目立たないところにありますが、3株ばかり咲いていました。
美しいピンク色、形も凛としている。
昨日今日咲いたばかりのようです。

そういえば撫子の別名は「常夏」。
花期が長いので付けられたのでしょうか。
あるいは永遠に変わらぬ美しさを願っての命名かもしれません。

「 わがやどに 蒔きしなでしこ いつしかも
    花に咲きなむ  なそへつつ見む 」
                  巻8-1448 大伴家持


( 我が家の庭に蒔いた撫子、この撫子は何時になったら美しい花になって
  咲き出るのであろうか。
  咲いたなら いつもいつもあなたと思って眺めように )

作者は11首も撫子の歌を残しています。
この歌は15歳の頃、10歳の婚約者坂上大嬢(さかのうえおおいらつめ)に
贈ったものです。
成長を心待ちにしている気持ちを伝えようとしているようですが
果たしてまだあどけない子供に細やかな恋情が理解できたかどうか?
ませていた家持は相手の成長を待ちきれず、他の女性との恋の遍歴を始めてしまいます。

「 蝉の鳴く 松の木かげに 一むらの
    うす花色の 撫子の花 」  伊藤左千夫
             

1か月後の7月21日、再び撫子を求めて奈良の春日大社神苑、万葉植物園へ。
我国最古の万葉の園、約9000坪の広い敷地で自然のままに育てられているのが魅力です。
入口にからほど近いところに春日山を源流とする美しい小川が流れ、
岸辺に山百合、オニユリが。
さらに奥に進むと撫子が群生し、辺りはピンク色に染まっています。

メハジキ、檜扇、女郎花、桔梗も所狭しと咲き、萩もボチボチ咲きはじめ。
灼熱の太陽の下の秋の花々です。

「 射目(いめ)立てて 跡見(とみ)の岡辺の なでしこの花
    ふさ手折り 我れは持ちて行く 奈良人のため 」
                     巻8-1549  紀 鹿人(きの かひと) 旋頭歌


( 跡見の岡辺に咲いている撫子の花
 この花をどっさり手折って私は持ち帰ろうと思います。
 奈良で待つ人のために )

作者は友人、大伴稲公(おおともいなきみ)を訪ね、主人のもてなしに感謝しつつ
素晴らしい当地の花を手土産にしましょうと挨拶した一首。

稲公は大伴旅人の異母弟。
跡見の庄は奈良県桜井市鳥見山の東麓、飛鳥に近いところです。

「射目立てて」は 跡見の枕詞 
射目は鳥獣を射るために隠れて狙う場所、
獣の足跡を見るの意で跡見に掛かるとされている。


「 なでしこは 咲きて散りぬと 人は言えど
     我が標(し)めし野の 花にあらめやも 」 
                             巻8-1510 大伴家持


( なでしこの花は咲いてもう散ったと人は言いますが、
 よもや、私が標を張っておいた野の花のことではありますまいね )

作者が親しくしていた紀郎女(きのいらつめ)に贈った歌。

「わが標し野の花」は自分の彼女である紀郎女を暗示しており、
「咲きて散りぬ」は他人と関係をもったの意。

世間の噂に不安を感じ「よもや心変わりしたのではないでしょうね」
と言いやったもの。
尤も、相手は人妻なので言葉のお遊びかもしれません。

万葉植物園の撫子の群生。
あまりの美しさに魅かれて3日後に再び訪ねました。
ところが、うなだれた様子で元気がありません。
先日見たのは大雨の翌日、その後、連日の猛暑で参っているようです。
やはり撫子は秋がふさわしい。

隣のコーナーは檜扇、夏の花。
こちらは生き生き、今が盛りと咲き誇っていました。

「 酔うて寝む なでしこ咲ける 石の上 」 芭蕉





























 
[PR]

by uqrx74fd | 2015-07-30 19:44 | 植物

<< 万葉集その五百四十 (檜扇、今...    万葉集その五百三十八 (鎌倉花散歩) >>