万葉集その五百四十四 (滝のほとりで)

( オシンコシンの滝  北海道 知床 )
b0162728_1785629.jpg

(  同上 )
b0162728_178365.jpg

( 蜻蛉:せいれいの滝  奈良県吉野 )
b0162728_1781674.jpg

( 吉野山から宮滝への山道  奈良県 )
b0162728_1775640.jpg

( 西行ゆかりの石清水   奈良県吉野 )
b0162728_1773516.jpg

( 石清水  京都 天龍寺 )
b0162728_1771185.jpg

( 石清水からの遣り水  京都 祇王寺 )
b0162728_1765243.jpg

(  湧水   同上 )
b0162728_1763441.jpg

(  忍野八海  山梨県 )
b0162728_1761569.jpg

(  歌垣  奈良万葉文化会館 )
b0162728_1755771.jpg

( 天皇の菅笠:御菅蓋:おかんがい  大嘗祭の折 御所内の移動で用いられる
                         侍従が後ろから差し掛ける  京都御所 )
b0162728_1753867.jpg

昔々、「押垂小野(おしたれ おの)」とよばれる小さな村がありました。
所在は不明ですが九州の一田舎だったようです。

山懐の滝から美しい水が流れ落ちて川に注ぎ、夏は冷たく、冬は暖かい。
湧水もあり、手ですくって飲むと、それはもう天の雫かと思われるような美味さ、
酒が造れるほどの良質な水です。
周囲に緑豊かな木々。
季節の草花が美しく咲き、村人たちは四季折々祭りや祝い事がある都度、
川のほとりに集まり、歌えや踊れやの楽しいひとときを過ごしていました。

ある日のことです。
日頃から憎からず思っている男と女が出会いました。
男は次のように詠います。(まずは訳文からです)

男: 
   ( ここ押垂小野(おしたれおの)から湧きだす水は
    格別に美味い酒を造る水
    生ぬるくなく
    ひんやりと冷たく 心にしみて爽やかだ
    その、しみる心は お前さんへの想い。
    どうかな、人気のないところで逢いたいものだなぁ。)     巻16-3875
 
「 こと酒を 押垂小野(おしたれ おの) ゆ
  出づる水  ぬるくは出でず
  寒水(さむみず)の 心もけやに 思ほゆる
  音の少なき 道に逢はぬかも 」    
                              巻16-3875 前半 作者未詳


「こと酒」:  殊酒で格別に美味い酒
「清酒(すみさけ)は圧して搾り垂れるものであるから
押垂に掛かる枕詞に用いられた。」 (松岡静雄)

「押垂小野」:  所在不明なるも滝がある場所と思われる
          歌の前後の関係から九州の一田舎と推定(伊藤博)
「心も けやに」:  (冷たい水のように) 心も爽やかに感じられる
「音の少なき」: 人声の少ない  人気がない

女:
  ( 人気の少ない道で お逢いしたいのは私も同じ。
    でも、愛のしるしとして お前さんの色美しい菅小笠と
    私の首にかけている大切な七連の玉飾りと
    とり替えっこいたしましょうよ。
    それから後、誰もいないところでお逢いいたしましょうか )   巻16-3875

「 少なきよ 道に逢はさば 
   色げせる 菅笠小笠(すがかさ をがさ)
   我がうなげる 玉の七つ緒
   取り替へも 申(まを)さむものを
   少なき  道に逢はぬかも 」  
                      巻16-3875 後半 作者未詳


色げせる:  色を付けている
我がうなげる: 私の首にかけている 「うな」は頸
玉の七つ緒 : 玉をつけた幾条もの緒 首飾り

さてさて、この掛け合いは何を意味するのでしょうか。
人気のない所で逢いたいのは、お互いに愛を交わしたいから。
当時は野原での共寝は珍しいことではありませんが、
そうかと云って人目があると困る。

しかし、女が詠う
「男の色華やかな菅小笠と自分の七連の玉を交換してからね」が
良く分からない。
お互い大切なものを交換し、浮気ではなく結婚の約束の証とする?
あるいは、男の色菅小笠は他の女を意味し、「その女と縁を切ってからね」と
やんわりはぐらかした?

いずれとも解釈できますが、伊藤博氏は
「この歌は酒宴の席の出し物で、男女身振りおかしく掛け合い寸劇を演じたのではないか」
と推定されています。

実景でも差し支えないように思われるこの長歌は、小さな田舎村の
青春の恋の一コマであると共に、「美味い酒、清酒は 佳き水から」という
酒造りの基本的な知識を地方の庶民が既に知っていたことを教えてくれている
貴重な資料でもあるのです。

「 緑わく 夏山蔭の 泉かな 」      蓼太(りょうた) 江戸中期の俳人
[PR]

by uqrx74fd | 2015-09-03 17:09 | 生活

<< 万葉集その五百四十五 (草の露白し)    万葉集その五百四十三 (ノキシノブ) >>