万葉集その五百四十八 (にこ草)

( ハコネシダ  小石川植物園 )
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( 同上  奈良万葉植物園 )
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(  同上、観賞用 アジアンタムと呼ばれている  yahoo画像検索 )
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(  アマドコロ  奈良万葉植物園 )
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(  アマドコロの花     yahoo画像検索 )
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「にこ草」とは「柔らかい草」の意で、現在のイノモトソウ科の「ハコネシダ」、
ユリ科の「アマドコロ(甘野老)」の2説ありハコネシダ説が有力です。

「ハコネシダ」は江戸時代、オランダ使節の随員であったケンフエル(博物学者、医者)が
箱根で採集し、産前産後の特効薬としたことから知られるようになり、
「和蘭草(オランダソウ)」ともよばれ、また、葉が黄緑色で扇形に広がり、
銀杏に似ているとことから「銀杏草」「銀杏忍(いちようしのぶ)」の別名もあります。

色、形が美しく育てやすいので、近年「アジアンタム」の名で栽培種が出回り、
鑑賞植物として人気を博しているようです。

万葉集で詠われている「にこ草」は4首。
小さな葉がニコニコ笑っているようにも見え、いずれも明るく愉快な恋の歌ばかりです。

「 足柄(あしがり)の 箱根の嶺(ね)ろの にこ草の
    花つ妻なれや 紐解かず寝む 」 
                          巻14-3370 作者未詳(既出)


( お前さんは箱根山の高嶺に咲いている「にこ草」かい。
 まるで手が届かない聖女、花妻みたいじゃないか。
 おれと寝るのが嫌なの?
 そうでないなら、紐を解いて一緒に寝ようよ。
 それとも 体の具合が悪いのかい?)
  

何らかの事情で妻から夜の共寝を拒絶された男の嘆き節。
「花つ妻」という美しい造語は清純な乙女を想像させ、神祭りの時などに
触れてはならない期間の妻、あるいは月の障りかもしれません。

当時、箱根で多く咲いていたのでしょう。
ハコネシダ説を裏付ける根拠になっている一首です。

「 葦垣(あしかき)の 中の にこ草 にこよかに
    我れと笑(え)まして 人に知らゆな 」 
                       巻11-2762 作者未詳


( 葦垣の中に隠れている にこ草。
 その名のように にこよかに私にだけ微笑みかけて下さいな。
 決して周りの人にそれと知られないようにね )

恋は秘密にと言うのが当時の鉄則。
人の噂になるとその恋は成就しないと信じられていた時代です。
初恋なのでしょうか。
憧れの目ざなしで夢みるような うら若き乙女です。

「 秋風に 靡く川びの にこ草の
    にこよかにしも 思ほゆるかも 」 
                      巻20-4309 大伴家持


( 秋風に靡く 川辺の にこ草ではないが
 もう秋風が吹きはじめたかと思うと にこにこ嬉しさがこみあげてくる)

この歌に
「七夕の歌、一人 天の川を仰ぎて作る」との詞書があります。

牽牛、織姫の待ちに待った再会に思いをいたしながら、自身も恋人との
逢い引きを頭にえがいているようです。
相好を崩しながら詠っている作者の様子が目に浮かぶ一首。

「 射(い)ゆ鹿(しし)を 認(つな)ぐ川辺の にこ草の
    身の若かへに さ寝し子らはも 」
                           巻16-3874 作者未詳


( 昔、狩りで矢を射立てた手負いの鹿の足跡を追って歩き廻ったものだ。
 そうそう、川のほとりで「にこ草」が咲いていた。
あの草のように俺もまだ若かったなぁ。
共寝した可愛いあの子は今頃どうしているだろうか  )

若き日の甘い恋を回想している一老人。
ここでの にこ草は柔らかい若草。
その上で一緒に寝たのです。

「認(つなぐ)」は「綱」と同根 足跡を追って追い求めるの意。
手負いの鹿は水を飲みに里へ出て斃れる習性をもつのだそうです。
「身の若かへに」 わが身が若かりし頃
 
男は好きな女性を見かけ、驚かそうと息をつめて後を追っていた?
鹿狩りに寓した野性の恋。

4首の「にこ草」には箱根、蘆垣、川のほとり(2首)と生育地が示されています。
箱根は別にして他の3首は、ハコネシダと断定するにはいささか無理があります。
シダ類は岩壁にへばりつくように生え、花も咲きません。

そこで出てきたのは「アマドコロ」説。
初夏に細長い釣鐘形の白い小花を咲かせます。
根茎は食用になり甘味があるので「甘野老」という漢字があてられ
「アマドコロ」と訓みます。

古くは「エミクサ」とよばれたことが「にこ草」説の根拠になっていますが
これは「海老草」(えびくさ)が訛ったもので「笑み草」ではありません。
根が肥厚して横に這う姿が海老に似ているところからその名があります。

漢方で強精剤として使われており、飲むと元気になるので「笑み草」?
いやいや、これは無理、無理。

結局のところ「にこ草」は 最初の歌はハコネシダ、残る3首は
柔らかい草の総称と考えるしかないようです。

  「 にこ草の 笑みにあふれる 恋心 」  筆者























 
   
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by uqrx74fd | 2015-10-01 19:39 | 植物

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