万葉集その五百五十八 (万葉人のトイレ)

( 藤原京のトイレ  飛鳥、藤原京展   画面をクリックすると拡大できます)
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( 平城京のトイレ   国立歴史民俗博物館 )
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( 三内丸山遺跡   青森県 )
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( 同上内部 )
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( 万葉人の宴  奈良万葉植物園内のレリーフ )
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( 6世紀中ごろの東国の村  国立歴史民俗博物館 )
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( 枳殻:カラタチ 小石川植物園 )
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( 同上  花は開いたが刺も大きい )
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(  同上  )
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 1992年、藤原京の邸宅跡からトイレ遺構が発掘されました。
我国初、古代貴族の食生活を知る上で重要な手掛かりとなる画期的成果とされるものです。

その堆積物を分析した結果、古代人は澱粉質食品、魚介、肉、油脂、淡色野菜、
果実、緑黄色野菜、カルシュウムなどの基礎食品群をまんべんなく摂食し、
刺身、焼肉、焼魚 干物、おひたし、あえもの、サラダ、旬の果物、
さらに香辛料なども使った、なかなかのグルメ食生活をおくっていたことも解明されています。

発掘されたトイレは邸宅の外を流れる溝から水を引き入れ、排泄物を
また外の溝に流すという水洗方式で、下水道が整備されていたことが窺われますが。
一般庶民は家の隅で穴を掘り、外出先では川や道路の排水溝や野畑で用を
足していたと思われます。

トイレのことを「厠」といいますが、その語源は
 川屋(かわや)説   川の上に設備を作り不浄をそのまま流す
 側屋(かわや)説   家の傍らに設ける意

の2説あり、万葉集に川屋説を裏付ける、それも滑稽極まる歌が残されています。

「 香塗れる 塔にな寄りそ 川隈(かはくま)の
       屎鮒(くそぶな)食(は)める いたき女奴 」
            巻16-3828  長忌寸 意吉麻呂(ながのいみき おきまろ)

( 香を塗り込めた清らかな塔に近寄るなよ。
      川の隅に集まる屎鮒など食って、ひどく臭くて汚い女奴よ。)

この歌は「香、塔、厠(かわや)、屎(くそ)、鮒、奴」を歌に詠みこめと
宴会で囃され、即座に作ったもの。

高貴,清浄な塔と不浄な屎、それを食う鮒とまたそれを食う奴婢の女。
女を卑下したわけではなく、その対比を面白おかしく詠ったのです。

当時は川の流れを利用し、その隅で用を足すことが多く、
川の隅に便所をしつらえて、足したものが川に落ちるようにしていました。
それを鮒が食べたので屎鮒というわけです。
香は香木、練香、粉香、香油などをさし、塔の中で香の匂いが漂っていたのでしょう。

「いたき女奴」は「ひどくよごれている奴婢」の意で、寺などで使役されている
身分の低い女。

「 からたちの 茨(うばら)刈り除(そ)け 倉立てむ
    屎(くそ)遠くまれ 櫛(くし)つくる刀自(とじ) 」
                    巻16-3832  忌部首(いむべのおびと) 既出


( 櫛作りのおばさんよ、俺様はこれからカラタチの茨を取り除いて、
  そこに倉を建てようと思っているんだよ。
  だからさぁ、屎は遠くでやってくれよな 。)

まぁなんと!
「屎(くそ)を遠くでやれ」と上品らしからざる言葉が飛び出してきました。

この歌も倉つくりに従事している下級官人が夜の宴会で数種の物の名前を歌に
詠みこめと催促され「カラタチ」「茨」「倉」「屎」「櫛」を詠みこんだのです。

指名された人は即座にひらめく機知とアッと驚かせる意外性が要求されます。
とはいえ、宴席の人々もさすがに「屎」には驚き、呆れたことでしょう。
当時、外で作業中に尿意を催したときは、辺りかまわず穴を掘って
用を足していたのですかねぇ。

「屎遠くまれ」の「まれ」は排泄を意味する「まる」の命令形、
「刀自(とじ)」は一家の主婦の尊称ですがここではわざと敬語を使って
相手をからかっています。
さらに、カラタチの「ラ」うばらの「ラ」、くらの「ラ」と「ラ音」を続け、
「ク」の音も クラ、クソ、クシと揃えたもの。

即興でこのような歌を詠めるのは並大抵の才能ではありません。
清らかな白い花を咲かせるカラタチに鋭い刺。
「カラタチの刺に白い尻を刺されるなよ」と女性をからかったとも思える歌です。


「 からたちの 花が咲いたよ
     白い白い 花が咲いたよ
     からたちの とげはいたいよ
     青い青い とげだよ   」     (からたちの花)  北原白秋作詞


最後に谷崎潤一郎著 「陰翳礼讃」 (中公文庫)からです。

『 私は京都や奈良の寺院へ行って、昔風の、うすぐらい、そうしてしかも
  掃除の行き届いた厠へ案内される毎に、つくづく日本建築の有難味を感じる。
  茶の間もいいにはいいけれども、日本の厠は実に精神が安まるように出来ている。
  それらは必ず母屋(おもや)から離れて、青葉の匂や苔の匂のしてくるような
  植え込みの陰に設けてあり、廊下を伝わって行くのであるが、
  そのうすぐらい光線にうづくまって、ほんのり明るい障子の反射を受けながら
  瞑想に耽り、また窓外の庭のけしきを眺める気持ちは何とも云えない。 』

  「 瞑想の ひらめき多し 風呂厠 (ふろ かわや)  」  筆者



















 
   
   
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by uqrx74fd | 2015-12-11 06:35 | 生活

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