万葉集その五百六十五 (おもてなし)

( 満開の桜を前にしての一服  最高のおもてなし  長谷寺 奈良)
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( お膳をお持ちしました   国立歴史博物館 佐倉市 )
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( 遊楽メニユー  鰻  野田岩  麻布 )
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( すし乃池  谷中 )
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( 大天もり  まつや  神田 )
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( ひれかつ  蓬莱屋  御徒町 )
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( 親子丼  玉ひで  人形町 )
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( 釜めし 志津香  奈良 )
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( お好み焼き  おかる 奈良 )
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(  茶粥  御蓋荘  奈良 )
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( わらび餅  二月堂 龍美堂 奈良 )
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( 粟ぜんざい 桜湯  竹むら  神田 )
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( つばらつばら  鶴屋吉信  京都 )
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東京オリンピック招致プレゼンで注目を浴び、一躍流行語になった「おもてなし」。
その語源は「お」と「もて」と「なす」に分解して考察するそうです。

「お」は美化語。
「もて」は「もて騒ぐ」「もて扱う」「もて隠す」などのように
動詞に付属して強調されるときに使われる接頭語で、漢語「以」の訓読「もちて」が
変化して「もて」となったもの。(日本国語大辞典:小学館)

「なす」は「成す」で (モノを)「そのように扱う、そのようにする」。

従って、「もてなす」は 元々「取扱うことを強調する場合に使う言葉」、
今流でいえば 「 やっておいたぞ!」「 処置しておいたぞ!」といった
ところでしょうか。
乾 善彦教授(関西大学国文学)によると、現在のように接待に関して用いられる
ようになったのは中世以降とされています。

「モノ」には目に見える物体と見えない事象があり、「おもてなし」の神髄は
「表裏なく」「見返りを求めず」「物心両面で」遠来のお客に心を尽くすこと、
現在のお遍路さんの接待にその精神がみられるとでもいえましょうか。

万葉集で「もてなす」という言葉はみえませんが「おもてなし」の心は
古代の人々にも十分理解され、日常生活に溶け込んでいたことが
次の歌のやり取りからも窺われます。

751年 正月3日(現在の2月3日頃) のことです。
越中の官人、内蔵介縄麻呂(くらのすけ つなまろ)という人物の館で
酒宴が催されました。
ところが当日は予想だにしなかった大雪。
それでも大伴家持以下招待客は、なんとか辿りつくことができ、
全員揃ったところで宴が始まりました。

まずは来賓の挨拶です。

「 降る雪を 腰になづみて 参り来(こ)し
    験(しるし)もあるか 年の初めに 」      巻19―4230 大伴家持

( 本日はお招きいただき誠に有難うございました。
  思わぬ大雪。
  腰までどっぷり浸かり難儀いたしましたが、何はともあれと参上させて戴きました。
  お目にかかれて嬉しゅうございます。
  それにしても年の初めに雪が降るとは、誠に縁起が良いことでございますね )

当時、雪は豊作のしるし、幸先が良いものとされていました。
主人を寿ぐ一首で心遣いをみせた作者。

迎える主人はあっと驚く趣向を披露します。
庭に降り積った雪で大きな岩を造り、無数の造花の撫子を植えて歓待したのです。
まさに雪中花、家持が殊の外撫子を好んでいたことを知った上での
さりげないおもてなしです。

「 なでしこは 秋咲くものを 君が家の
       雪の巌に 咲きにけるかも 」   
                           巻19-4231  久米広縄


( 撫子は秋に咲くものなのに、これはこれは、驚きましたなぁ。
 あなた様のお家では雪の岩に花が咲いていたのですね 。)

「 秋から雪の降る今まで咲き続けていたのですね。」と主人の趣向に驚き、
感謝しつつ家の繁栄を寿いだ歌。

来客に喜んでもらえ、苦労した甲斐があったと主人もにんまりしたことでしょう。

「 雪の山斎(しま) 巌に植ゑたる なでしこは
      千代に咲かぬか  君がかざしに 」
              巻19-4232 蒲生娘子(かまふの をとめ) 遊行女婦(うかれめ)

( 雪の積もった美しい園に植えてある撫子。
  いつまでも枯れないで 千代八千代に咲いてくれないものでしょうか。 
  あなた様の挿頭(かざし)にするために )

主人は文藝の嗜みがある遊行女婦(うかれめ)を待機させ席に侍らせたようです。
座を華やかにと心配りした主人の粋な計らいです。
前の2首の意を受け、「あなた様の挿頭(かざし)したい」つまり撫子を自分に
譬え、「私がご主人さまの頭を飾りたいものです」と艶なる取り持ちで
座を賑やかにしています。

遊行女婦とは後年の遊女と異なり、高貴な人と対等に渡り合える高い教養の持主。
主人と客をたてた機転ある一首です。

宴はたけなわとなり気が付くと夜が明け始めています。
時を告げる鶏、一同「もう帰らねば」とそわそわ。
周りの気配を感じた主人が、相手から「そろそろお暇を」と言いださない前に
機先を制した心遣いの言葉をかけます。

「 うち羽振(はぶ)き 鶏(とり)は鳴くとも かくばかり
    降り敷く雪に 君いまさめやも 」 
                 巻19-4233 内蔵伊美吉縄麻呂(くらのいみきのつなまろ:主人)


( 鶏が羽ばたいて時を告げて鳴こうとも これほどまでに降り積もった雪の中を
 皆さん、どうやってお帰りになるのですか。
 さぁさぁ 遠慮しないで腰を落ち着けて下さい。
 飲み直し致しましょうや )

やれやれと浮かした腰をまた戻し、家持が感謝の意を。

「 鳴く鶏は いやしき鳴けど 降る雪の
     千重(ちへ)に積めこそ 我が立ちかてね 」 
                                巻19-4234 大伴家持


( 鶏が朝を告げてしきりに鳴き立てており、私共はそろそろお暇しなければ
 ならないと思っておりましたが- -。
 実は内心ではこの積り具合では帰れますまいと困惑いたしておりました。
 ご配慮有難うございます。
 ではお言葉に甘えまして )

迎える主人も招かれた客人もお互いに心遣いをしながら楽しい時を過ごす。
造花の撫子は茶室の掛け軸にでも相当するものでしようか。
我国の繊細な「お・も・て・な・し」の心は古代からずっと育まれていたのです。

 「 呑明(のみあ) けて 花生(はないけ)にせん 二升墫 」 芭蕉

   尾張の人から酒一樽,木曽うど、茶を贈られた時の吟詠。
   多くの門人が集まっての句会。
   斗酒なお辞せずの浮き浮きした気分が漂う一句。
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by uqrx74fd | 2016-01-29 06:51 | 生活

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