万葉集その五百六十八 (梅いろいろ)

( 吉野梅郷  青梅市  ウイルス発生のため2014年すべて伐採された)
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(  同上  )
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(  同上 )
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( 同上 )
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( 同上 )
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( 同上 )
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( 曽我梅林  小田原市)
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( 同上 )
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( 同上 )
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( 浜離宮庭園 )
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二月も中旬を過ぎると各地から梅の便りが次々と届いて参ります。
早いものは1月の終わりごろから咲きはじめ、4月上旬まで咲き継ぐ。
中には早咲きの品種なのか、それともポカポカ陽気に誘われたのか、
周りが蕾のままなのに1本だけ満開になっている気が早い梅も見かけます。

この時期になるといつも思い出すのは吉野梅郷(青梅市)。
こんもりとした丘の上に色鮮やかな花を咲かせ、私たちを長らく
楽しませてくれていましたが、2014年、プラムボックスというウイルスに
罹病し、120品種1500本がすべて伐採されました。

まだまだ美しい花を咲かせることができるのに1本残らず切り倒す。
その無念さ、懸命に育ててこられた方々の心情察するに余りあります。
あの華やかな風景を再び目にすることが出来ないことは痛恨の極みであり、
他の梅林にこのようなウイルスが波及しないことを祈るばかりです。

さて今回は万葉集から近代まで、色々な梅の歌を辿ってみたいと思います。
まずは、万葉の庭に咲きだした梅から。

「 春されば まづ咲くやどの 梅の花
     ひとり見つつや 春日暮らさむ 」      巻5-818 山上憶良

( 春が来ると真っ先に咲く庭の梅の花。
 この花をただ一人見ながら、長い春の一日を思う存分過ごすことに
 なりましょうかな )

730年、九州大宰府で催された大伴旅人長官による梅花の宴。
32名の人々が集まり、一人一首づつ詠う我国最初のやまと言葉による歌会で、
文藝史上画期的な試みとされている催しですが、憶良先生は
ただ一人で梅を眺めようかと詠っています。
だが、心優しい作者、主催者を無視するようなことは考えられません。
歌の奥には「あまりにも見事な梅なので、一人で鑑賞するには勿体ない」
という心がこもり主催者に対する賛美を贈っているように思われます。

万葉人は梅を愛し、120首近くの歌を残していますが、香りを詠ったものは
次の1首しか残されていません。
梅が香はまだ歌の題とするには早かったのか、誰も思いつかなかったのか。

「 梅の花 香をかぐはしみ  遠けれど
       心もしのに 君をしぞ思ふ 」 
                      巻20-4500 市原王(既出) 

( あなた様のお庭の梅の香が芳(かぐわ)しく、遠く離れたところまで漂って参ります。
 その香り同様に高いあなた様の人徳。
 私はいつも心からお慕い申しております。)

758年平城京近くの中臣清麻呂宅で催された宴席での歌。
主人は大伴家持とも親しく16歳年上の57歳、式部省の次官です。

歌の作者、市原王は天智天皇の玄孫(やしゃご)で独創的なセンスの持主。
香りがもてはやされた平安時代の先駆をなす一首で、清麻呂の誕生日を寿ぎ、
その人徳を慕う気持を梅の香に託し、且つ女性の立場からの恋歌仕立てに
したものです。

梅が香は平安時代になると多く詠われるようになりますが、表現は洗練され
内容も複雑になってまいります。

「 色よりも 香こそあはれと 思ほゆれ
    誰(た)が袖ふれし 宿の梅ぞも 」  
                           よみ人しらず 古今和歌集

( お庭の梅は色もさることながら 香りが特に素晴らしいと思われます。
 いったいどんな素晴らしい方が袖をふれて香りを残されたのでしょうか )

女性の家を訪ねると馥郁と梅の香りが漂っている。
もしや自分以外の男が訪ねてきたのかしらと様子を窺う作者。
なかなか手が込んでいますね。

「 わがやどの 梅の初花 昼は雪
      夜は月かと 見えまがふかな 」  
                            よみ人しらず 後撰和歌集

終日梅見を楽しむ作者。
初花を雪か月かといとおしむ。
白梅を雪に見立てるのは万葉時代に多用されている手法です。

「 春の夜は 軒端(のきば)の梅を もる月の
     光も薫る 心地こそすれ 」 
                           藤原俊成 千載和歌集

軒端から月の光が洩れている。
その光さえも梅が薫るようだと詠う作者。
さすが垢抜けした美しい幻想の世界です。

軒端: 日や雨などを防ぐため窓、縁側、出入口などの上に設けた小屋根の端
    
近代になると生活に密着した歌も多く登場します。

「 湯の宿に 一人残りて 昼過ぎの
      静かなる庭の 梅を愛すも 」    伊藤左千夫

温泉に浸かりながら庭の梅を眺める。
燗酒がかたわらに。
いいですなぁ。

「ほのぼのと 明けゆく庭に 天雲(あまぐも)ぞ
    流れきたれる しら梅散るも 」      石川啄木

啄木さんも万葉集も勉強されていたと思われる一首。
次の歌の本歌取りではなかろうか。

「 わが園に 梅の花散る ひさかたの
    天(あめ)より雪の 流れくるかも 」 
                    巻5の822  大伴旅人(既出)

( あれっ 梅の花びらが空から降ってくる。
  まるで雪が流れてくるようだね )
 
ひらひらと舞い落ちてくる花びらが風にあおられて吹き上がり、
やがて地面を白く覆い尽くしてゆきます。
花が「流れる」という斬新な表現は万葉時代既に使われていたのです。

ざっと万葉時代から近代まで駆け抜けましたが、歌の表現、技巧は違っても
梅を愛する人の心は同じでした。

清楚で凛とした気品を持ち、百花に先駆けて咲く梅は当初、食用、薬用として
中國からもたらされた実用第一の植物でした。
万葉集で「うめ」の漢字表記は「烏梅」が多く、梅の実が烏(カラス)のごとく
真っ黒に燻した「うばい」という漢方薬や紅染の触媒剤であったことが
示されています。

花の鑑賞は後に文人たちの間で起こり、漢詩から始まりましたが、
大宰府の梅花の宴で「やまと言葉」による歌会で詠われて以来、
我国独自の境地に変化し、今日に至っております。

「 むめがかに のつと日の出る 山路かな 」 芭蕉

    むめがかに: 梅が香に

( 夜明けの山路は清冷の気に満ち、余寒が頬に冷たい。
 どこからか梅の香が漂ってきたとき、
 彼方の雲を分け のっと朝日が射し出た。 ) 「 芭蕉全句  小学館より」
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by uqrx74fd | 2016-02-19 06:48 | 植物

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