万葉集その五百七十 (春菜美味し)

( 早蕨:さわらび  小石川植物園 )
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( 蕨とカタクリの花  森野旧薬園  奈良県 )
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( わらび餅  二月堂内の茶店で 奈良 )
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( 芹    奈良万葉植物園 )
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( 芹の花 夏開花   同上 )
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( ゼンマイ  小石川植物園 )
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( 土筆  又兵衛桜の近くで  奈良県 榛原市 )
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( ヨモギ  葛城古道  奈良県 )
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( ヨモギ餅  長谷寺参道で  奈良県 )
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( 蕗の薹    青森ねぶたの里で )
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( 雪間の菜の花 )
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「 春はきぬ 春はきぬ
  浅緑なる新草(にひぐさ)よ
  とほき野面(のもせ)を 画(えが)けかし
  さきては紅き 春花よ
  樹々(きぎ)の梢を 染めよかし

  春はきぬ 春はきぬ
  うれひの芹の 根を絶えて
  氷れる なみだ今いずこ
  つもれる雪の 消えうせて
  けふの若菜と 萌えよかし 」      ( 島崎藤村 春の歌 )

           (うれひの芹) : 憂ひせりと芹を掛けている

雪がまばらに残る早春の野山で頭をもたげるワラビ、ゼンマイ、蕗の薹。
春の日射しを受けながらスクスク育つセリ、ヨモギ、ニラ、ノビル。
古代の人達はこれらの野菜は栄養価が高く、病気への抵抗力を強くする
薬効成分が多いことを長い間の経験で会得していました。

野菜不足の冬、人々は春の兆しが見えるやいなや、喜び勇んで萌え出づる
春菜を摘みに出かけたのです。

「 -娘子(をとめ)らが 春菜摘ますと 
  紅の 赤裳の裾の 
  春雨に にほひひづちて 通ふらむ 
  時の盛りを- 」    
                  巻17-3969 大伴家持(長歌の一部)

( 乙女たちが 春菜を摘もうと 
 紅の赤裳の裾が
 春雨に濡れて 
 ひときは照り映えながら 
 行き来している
 春たけなわの時  )

「摘ますと」は敬語で「摘まれるとて」 仙女を意識してか。
 ここでは通常語訳とした
「にほひひづちて」 濡れて色がいっそう引き立つさま
「ひづちて」は 濡れて

この歌は作者が大病を患った時、心の友、大伴池主に贈ったもので、
このような美しい光景が見ることが出来ないのは残念だと述べています。
春菜摘みは乙女たちの待望の楽しみであり、その様を見る男達にとっても
何よりの目の保養であったことでしょう。

「 いざけふは をぎの やけ原かき分けて
    手折(たおり)てを来む 春のさわらび 」      賀茂真淵

( いざいざ、今日は荻を焼いた野原をかき分け、頭を出している
      早蕨を手折ってこようぞ )
                       「手折りてをこむ」  手折ってこよう

早蕨とは芽生えたばかりのワラビ。
まだ葉がまいているころの茎は柔らかくアクも少なくて美味い。
灰を加えた水に二日ばかり浸してアクを抜き、ゆでて切りそろえ
昆布締めにして一日寝かすと絶品の酒の肴になり、また乾燥させて保存食にしたのち、
戻して和え物や煮物にします。

「 煮わらびの 淡煮の青を 小鉢盛 」 木津柳芽

8~9月頃、根をとって澱粉の原料にしたものが、ワラビ粉で、
ワラビ餅などに加工されます。
きな粉をつけて食べたり、黒蜜を加えたり、美味しいですねぇ。

「 大仏蕨餅 奈良の春にて 木皿を重ね 」 河東碧梧桐

万葉集での早蕨は一首のみですが、次の歌は屈指の名歌とされています。

「 石(いわ)走る 垂水の上の さわらびの
      萌え出づる 春になりにけるかも」  
                      巻8の1418 志貴皇子(既出
)

( しぶきをあげながら岩の上を流れる水がキラキラ光っている。
 水音も清々しい滝のほとりに ほら、早蕨が芽を出しているよ。
 あぁ、もう春だ。
 待ちに待った春がとうとうやってきたねぇ )

垂水は瀧、躍動するような軽やかなリズムが心地よく、春到来の喜びを
大らかに詠っています。
このような名歌は現代訳にすると趣が削がれ、ゆっくり口誦するに限るようです。

作者は天智天皇の皇子、当時、天武系が幅をきかす中、肩身の狭い存在でしたが、
天武の血統が絶えた後、その子白壁王が光仁天皇となり現在の皇統に続いております。

「 さすたけの きみが みためと ひさかたの
      雨間に出でて つみし 芹ぞこれ 」    良寛


( あなたさまのために 雨降る中で摘んでまいりました芹ですよ。
  これは )

「さす竹」は貴人に掛かる枕詞で「竹がさし茂る」ことから貴人の繁栄を
祝ってのもの、あるいは「立つ竹」の意で貴人の優雅な姿をたとえたとの説があり、
万葉集で既に使われています。
良寛さんは枕詞、「さすたけ」と雨(あめ)に掛かる「ひさかたの」を万葉から引用し、
さらに次の歌を本歌取りしたものと思われます。

「 あかねさす 昼は田賜(たた)びて ぬばたまの
     夜のいとまに 摘める芹これ 」  
                          巻20-4455   葛城王(既出)


( 昼間は役所の仕事で大忙し。
 それでも夜に何とか暇を見つけてやっと摘んできた芹ですぞ。これは! )

「あかねさす」「ぬばたま」は枕詞  
「昼は田賜びて」の「賜ぶ」は「賜る」の約で天皇に代わって田を
支給するのでこう言ったもの 
「夜のいとま」勤務後の余暇

729年、葛城王(かつらぎのおおきみ)、後の左大臣、橘諸兄は山背国
(やましろの国、現在の京都府南部)の班田使に任命されました。
班田使とは班田収受法に基づいて公民に田畑を与え租税を徴収する重要な仕事です。
彼は忙しいながらも暇をみて日頃から心憎からず想っていた女官に芹を摘んで
歌と共に贈ったのです。
おどけながら詠ったもので、相手は親しい間柄だったのでしょう。

芹は日本各地の湿地、水田、小川などに群生するセリ科の多年草で、
「せりあって葉を出す」ことからその名があるとされています。
数ある菜の中でも我国栽培史上最も古く、栄養価の高い野菜の一つで
今日なお、ほとんど改良の手が加えられていない昔のままの姿を持つ
数少ない貴重な植物。
現在は栽培もされているようです。

「 摘みいそげ 木曽の沢井の雪芹の
               いや清くして うまかるらしき 」   太田水穂


                                        以上
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by uqrx74fd | 2016-03-03 19:38 | 植物

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