万葉集その五百七十一 (霞立つ春)

( 朧月夜   春日山  奈良)
b0162728_6551283.jpg

( 春霞  後方 金剛葛城山脈 山の辺の道から  奈良 )
b0162728_655068.jpg

( 同上 )
b0162728_6544477.jpg

( 高円山   同上 )
b0162728_6543131.jpg

( 二上山  山の辺の道から  同上 )
b0162728_6541583.jpg

(  同上  )
b0162728_6535887.jpg

( 桜、桃 山の辺の道 後方の山々は霞で見えない )
b0162728_653287.jpg

(  大和三山  山の辺の道から )
b0162728_6531268.jpg

( 御蓋山   奈良春日野から )
b0162728_6525227.jpg

( 三輪山  奈良 )
b0162728_6521570.jpg

( 天の香久山  藤原京跡  奈良 )
b0162728_652326.jpg

「 春はきぬ 春はきぬ
  霞よ雲よ 動(ゆる)ぎいで
  氷れる空を あたためよ
  花の香おくる 春風よ
  眠れる山を 吹きさませ 」           (島崎藤村 春の歌)

「 ねむげの春よ さめよ春
  さかしきひとの みざるまに
  若紫の朝霞
  かすみの袖を みにまとへ
  はつねうれしき うぐひすの
  鳥のしらべを うたへかし 」          (島崎藤村  佐保姫)

昔々、奈良の佐保山に春の女神がおわすと信じられていました。
その方の名を佐保姫と申します。
藤村さんは、「佐保姫に気付かれないよう、そっと薄紫色の霞の衣を身にまとわせよ」
と詠っています。
春風駘蕩、ほのぼのとした気分にさせてくれる美しい詩です。

「霧、霞、朧」
これらはいずれも同じ自然現象ですが、歌や文学の世界では立春を境に
今まで霧とよばれていたものが、昼は霞、夜は朧という優雅な言葉に変身します。
寒そうな霧からほんわかと暖かそうな春霞と朧。
たった一字の漢字が変わるだけで全く違う雰囲気を醸し出す。
語感の妙、万葉人の造語の豊かさです。

「 ひさかたの 天(あめ)の香具山 この夕べ
       霞たなびく 春立つらしも 」 
                       巻10-1812 柿本人麻呂歌集(既出)

(  この夕べ、天の香久山に霞がたなびいている。
       いよいよ春が来たのだなぁ )

藤原京に近い聖なる山、香久山の立春の頃の長閑な風景を、美しい調べ、
堂々たる風格で詠った名歌です。
「この夕べ」の「この」で「今日の夕べ」という時をはっきり限定し
「春立つらしも」と詠い収め「暦が春になったその日」即ち
「立春」を寿ぎ、五穀豊穣を予祝する国見歌でもあるともされています。

「 巻向の 檜原(ひはら)に立てる 春霞
    おほにし思はば  なずみ来めやも 」 
                           巻10-1813 柿本人麻呂歌集


( ここ巻向の檜原にほんわかと立ちこめている春霞
 その春霞のように、あなたのことをぼおぅといい加減に思っているのなら
 なんでこんな歩きにくい道を、そんなに苦労してまで来ましょうか。
 あなたが好きで好きでたまらないからなのですよ。)

この地に愛人がいて足しげく通っていた人麻呂。
彼の想いを告白した一首と思われますが、伊藤博氏は前掲の歌が国見歌であり、
相聞的発想をとることによってその場所を賛美したもの(万葉集釋注5)ともされています。

檜原は高台にあり、大和三山、二上山、金剛葛城山脈が臨まれる絶好の地。
伊勢神宮ゆかりの檜原神社が鎮座まします。

「 春霞 たなびく今日の 夕月夜(ゆふづくよ)
    清く照るらむ 高松の野に 」 
                            巻10―1874  作者未詳


( 春霞がたなびいている中で淡く照っている今宵の月は
 あの高松の野あたりも、さぞ清らかに照らしていることであろう )

高松は春日山の隣、高円(たかまど)。
作者は朧月を眺めながら、高円の野の情景を想像しています。
ひよっとしたら この辺りに恋人がいたのかもしれません。
美しい女性を照らす月。
ロマンティックですね。

「 春霞 井の上ゆ直(ただ)に 道はあれど
     君に逢はむと た廻(もとほ)り来(く)も 」 
                            巻7-1256 作者未詳


( 水汲み場のあたりから我家までまっすぐに道は通じているけれど
  あの人に逢いたくて回り道をしてきたのよ )

水道などなかった時代、共同井戸へ水を汲みに行くのは若い女性の仕事でした。
重くて大変な作業ですが外へ出るには絶好の機会。

「好きなあの方に逢いたい!
遠回りして行こう。
ひよっとしたら逢えるかもしれないわ 」

と胸をわくわくさせている可憐な乙女です。

井の上ゆ: 井戸のほとり 「ゆ」は起点を示す
たもとほり(た廻り) : 迂回して

 「 春なれや 名もなき山の 薄霞 」 芭蕉

万葉集で詠われた霞は79首(うち春霞18首)。
炭火や薪などで暖を取り、衣類を何重にも着込んで厳しい寒さを
耐え忍んでいた人々は如何に春到来を待ち望んでいたことか。
まだ寒さが残る早朝、山々に紫色の霞が棚引いているのを見て、
思わず「おぁ!春だ、春が来た」と歓声をあげたことでしょう。

「 風鐸の かすむとみゆる 塔庇(とうひさし)」 飯田蛇笏

                                     以上

             次回の更新は3月19日(土)です
[PR]

by uqrx74fd | 2016-03-11 06:56 | 自然

<< 万葉集その五百七十二 (春の恋...    万葉集その五百七十 (春菜美味し) >>