万葉集その五百七十七(竹は木か草か?)

( 竹の秋と藤   山の辺の道  奈良 )
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( 京都嵯峨野の竹林 )
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( ムクロジの木の幹を突き破って生え出た驚異的な生命力の竹  奈良公園 )
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( 脱皮して竹になる  皇居東御苑 )
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( 美しい竹の色    同上 )
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( 六義園の竹垣と門   東京 )
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( 披雲閣の竹垣  玉藻公園  高松城跡 )
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( 京都祇王寺の入り口 )
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( 掬月亭の竹垣  高松栗林公園 )
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( 京都嵯峨野の竹垣と竹籠 )」
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( 池波正太郎が愛した筍料理 刺身、煮物、付け焼き、木の芽和え、など、包丁好みより  )
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「 木にもあらず 草にもあらぬ 竹のよの
     はしにわが身は 成りぬべらなり 」  
                           高津皇女(桓武天皇皇女) 古今和歌集


( 木でもなく草でもない竹の、その節(よ)と節(よ)の間(はし)のように
  私は中空のどっちつかずの状態の身になってしまいそうだ )

恋に焦がれて身も心もうつろな作者ですが、この歌は、紀元300年頃の中国の人、
戴凱之(たいがいし)の「竹譜」に見える
「竹は剛ならず,柔ならず、草にあらず、木にあらず」に拠っているそうです。

「竹は木か草か」という議論は古くからあり、今でも続いています。
草説が多いようですが、その理由として竹は、

1、生えた根が伸びて次々に芽を出し繁殖する。
2、節は空洞。
3、花は60~120年に1回しか咲かないが、咲くとすべて枯れ果てる。
4、年輪がない。 
5、成長が異常に早く、マダケで1日121㎝、モウソウチクで119㎝の記録がある。

など、木にはない特性を持つことがあげられています。

竹の歴史は古く、縄文晩期(前1000~前300)の竹製品が亀ヶ岡遺跡(つがる市)や
是川遺跡(八戸市)から出土されており、それも、笊(ざる)、籠、
籃胎漆器(らんたいしっき:竹を編み漆を塗った器)など、高度な加工品。
身近なところから得られ、しかも加工しやすいため色々な生活用品が作られたと
思われますが、早くも漆塗り製品が作られていたとは驚きです。

なお、現在どこにでも見られる孟宗竹は1763年頃の江戸時代、中国からの渡来と
されているので古代の竹はマダケと笹と思われます。

筍も古くから食されていました。
奈良時代の平城京木簡に筍を大量に購入して代金を支払ったとの記録があり、
廣野卓氏は「薬効を目的として焼いて食べたらしいが、ワカメと和えて食した」
とも推定されており(食の万葉集、中公新書)、今も昔も変わらぬ季節の食物として
好まれていたことが窺われます。

万葉集では、竹、笹、篠なども含めて四十首近く詠われ、群竹、竹垣、竹葉、
竹玉(神事用)、細竹、小竹、植え竹など多彩な表現がなされています。

「 我がやどの いささ群竹(むらたけ) 吹く風の
   音のかそけき この夕(ゆふへ)かも 」
                               巻19-4291 大伴家持(既出)


753年4月(旧暦)の初めに詠まれた三連首のうちの一。

庭の一隅のわずかな竹林に一陣の風が吹き渡ってゆく。
作者の研ぎ澄まされた神経に微かに聴こえてくる風の音。
それは揺れる竹の葉であるとともに家持の心の揺らぎ。
誰もが浮き浮きとした気分の麗(うら)らかな春日であるにもかかわらず、
晴れやらぬ気持で一人孤独を感じている。

「まさにこの歌はバイオリンの細かい旋律を聞くみたい。
震えるような心」(犬養孝)とも評されている万葉屈指の名歌です。

さらに大岡信氏は

「 何ともとらえどころのない気分そのものを制作のモチーフしたもので
万葉集の他の作者たちの歌とは極めて異質な出来栄えを示しているばかりではなく
平安朝の和歌とも画然と異なるところのある作。
このような歌は、近代人のものの感じ方、はっきりいえば、感傷に大きな価値を
見出すようになった近代以降の感受性のありかたに、意外なほど近親性をもって
いるものだと云える」
              と述べておられます。(私の万葉集5 講談社)

「 あらたまの 寸戸(きへ)が竹垣 編目ゆも
    妹し見えなば 我(あ)れ恋ひめやも 」 
                             巻11-2530 作者未詳


「寸戸(きへ)が竹垣」は 特殊な形をした家の周囲を囲んでいる竹垣。

( 寸戸(きへ)の竹垣、このわずかな編み目からでも お前の姿を
 一目見ることが出来たら、俺はこんなに恋焦がれたりするもんか)

男が女性の家を訪ねたが女は家に閉じ籠って顔を見せない。
せめて一目だけでもと家の周りをうろつく。
女性は母親から交際を禁じられ、強く叱責されたのでしょうか。
うろうろしながら、家の中を覗き込んでいる男の様子を想像すると、
いささか微笑を禁じ得ない一首です。

「 大和には 聞こえも行くか 大我野(おほがの)の
    竹葉刈り敷き 廬(いほ)りせりとは 」 
                          巻9-1677 作者未詳


( ここ大我野の竹の葉を刈り敷いて 私が廬に籠っているということを
 いとしい人が待つ大和に噂で聞こえていったかな )

701年持統、文武天皇が紀伊の牟婁(むろ)温泉に行幸された時、
供奉した作者が帰路で詠ったもの。

大我野は和歌山と奈良の間にある地名。
「 あと1日でいよいよ妻に逢える。
私がここまで来ていることを風の便りに聞いてくれただろうか 」
とそわそわしている男です。

「 妹らがり 我が通い道(ぢ)の 小竹(しの)すすき
      我(わ)れし通はば 靡け小篠原 」 
                            巻7-1121 作者未詳


( あの子のもとにいつも通っている道に生い茂っている篠竹や薄よ。
私が通るときは地面に伏して靡け、靡け。)

愛する女の許に通う時はいつも夜。
道をふさぐ篠竹や芒に足をとられて転ぶこともあったことでしょう。
心がはやり、靡け、靡け、道を広げろと願う男。

「妹らがり」は「妹が在り」で愛しい子の許へ 
「妹ら」の「ら」は親愛を示す

「 我が背子を いづち行かめと さき竹の
   そがひに寝しく  今し悔しも 」 
                       巻7-1412 作者未詳


( 私の愛しい人、あの人にかぎって何処へも行くはずがないと思っていた。
 それなのに、急にいなくなって。
 今となっては割き竹のように背中を向けて寝たことが、悔やまれてなりません。)

夫婦喧嘩をして、すねて背を向けて寝た直後に夫がいなくなった。
防人として旅立ったのか、腹を立てて家出をしたのか、それとも急死?
涙にくれながら共に過ごした日を思い出し、もっと優しくしてあげればよかったと
悔やむ女。

さき竹は割れて二つになった竹。
それにしても万葉人は面白い表現をするものです。

   「 竹の子や 藪の中から 酒買ひに 」     泉鏡花

いよいよ待ちに待った筍の季節。
以下は 池波正太郎の「包丁ごよみ」(新潮文庫)からです。

『 京都の南郊、乙訓(おとくに)は、見事な竹藪で有名だ。
 その乙訓の長岡天神の池畔に「錦水亭」という筍料理専門の料理屋があって、
  むかしは、食べさせるだけでなく,泊めてもくれた。
  池のほとりに、大小の離れ屋がたちならび、ここに泊まると、別世界へ
  来た思いがした。
  掘りたての筍を、吸い物,炊き合わせ、刺身、木の芽和え、でんがく、天麩羅。
  すべて筍料理だが、その旨いことは、私の友人の言葉ではないが
  「おはなしにならない」のであった。
  掘りたての筍が、こんなに、やわらかくて旨いものだと知ったのは
  むかし、錦水亭に泊まってからだ。
  いまも私は、筍が大好きである。 』 

筍と云う字は「竹」と「旬」から成り、一旬は10日すなわち竹の早い成長を
表す文字だそうです。
朝露が残る掘りたての筍は、えぐ味がないので、ゆでてアク抜きする必要がなく、
刺身にしてもよし、カツオの出汁で煮てもこれが同じ筍かと思うくらい美味い。
さぁ、さぁ、旬の香りと味を楽しみましょう。

     「 松風に 筍飯を さましけり 」   長谷川かな女



              万葉集577(竹は木か草か?) 完

    
       
       次回の更新は4月29日です
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by uqrx74fd | 2016-04-21 21:18 | 植物

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