万葉集その五百九十 (青雲・白雲)

( 色々な形の雲  畝傍山  後方 金剛葛城山脈  奈良 )
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( 平城京跡  大極殿 )
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(  甘樫の丘から  後方 畝傍山:見る方角により形が変わる)
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( 巻向山  山の辺の道で )
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(  春日野  後方 高円山:たかまどやま )
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(  江の島 )
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(  天狗?)
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(  飛天 )
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( 怪魚 ? )
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( 福笑い )
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「 ひかる青雲 風さえ 薫る 」 
これはある大学の応援歌のイントロですが、青雲ってどんな雲なのでしょうか?
普段何気なく使っている言葉ですが、改めて聞かれるとすぐに答えられません。

さてさてと広辞苑を紐解くと

「青雲」: 「淡青色や淡灰色の雲 一説に、青空を雲に見立てたという」
 
 つまり青雲=青空と解釈する場合もあるようです。
とすると、上記の応援歌の「青雲」は「澄み切った青い空」と考えた方が
ぐっとスケールが大きくなりそうですが如何でしょうか。

 古代の「青」は「青緑色から灰色までを含む広い範囲の色彩」とされています。
雲以外にも「青馬」「青駒」などの例があり、いずれも灰色がかった馬の意です。

万葉集でも青雲は多く詠われていますが、次の歌は晴天にたなびく青味掛かった
灰色まじりの雲と解釈いたします。

「 大君の 命畏(みことかしこ)み 青雲(あをくむ)の
    とのびく山を 越(こ)よて 来のかむ 」 
                   巻20-4403 小長谷部 笠麻呂(をばつせべの かさまろ)


( 大君の仰せが畏れ多いので それに従って青雲のたなびく山
 その高い山々を越えて俺はここまでやってきたよ。 )

作者は信濃の国の防人。
方言が混じる素朴な歌で「とのびく」は「たなびく」。
勅命ゆえ拒めないという嘆きがこもります。

信濃から難波まで数々の山を越え苦労してやっとここまで来た。
故郷に残してきた父母、妻子を偲びつつ来し方、行くすえの遠い道のりに
思いを寄せている。
ここ難波から再び大宰府への長い船旅。
「3年間の長い勤め、無事生還ができるかしら」との溜息が聞こえてきそうです。

「 汝(な)が母に 憤(こ)られ我(あ)は行く 青雲の                
    出で来(こ)我妹子(わぎもこ) 相見て行かむ 」 
                              巻14-3519 作者未詳


( お前のおっかさんに怒られて俺は行っちまうんだ。
  雲間の青空のように 少しの間でもいいから顔をみせてくれよ。
  なぁ お前、一目でいいからさ。 )

女に逢いに来たところ母親に見つかり、こっぴどく怒られ追い返された。
未練たらしく、あとを振り向き振り向きしながら嘆く男。

ここでの青雲は雲に覆われた中の青空、女性の顔。

「 白雲の たなびく山の 高々に
       我が思(も)ふ妹を 見むよしもがも 」
                巻4-758  大伴 田村大嬢(おほとも たむらおほいらつめ)

( 白雲のたなびく山が聳え立つように 私が高々と爪先立ちする思いで
  逢いたいと思っているあなた。
  なんとか逢うすべはないものでしょうか )

異母妹、大伴坂上大嬢に贈った1首。
女性同士の恋歌仕立てにして楽しんでいます。
一夫多妻の時代、姉妹といえども逢う機会があまりなかったのでしょうか。

「 ちぎれ雲 走りつくして夕空に
    とよはた雲の  しづかにたかし 」  木下利玄

この歌は万葉の最高傑作とされる次の歌を意識して詠われたと思われます。

「 海神(わたつみ)の 豊旗雲に 入日さし
   今夜(こよひ)の 月夜(つくよ) さやけくありこそ 」 
             巻1-15 中大兄皇子(のちの天智天皇 既出)

( 空を見上げると海神が棚引かせたまう豊旗雲、何と素晴らしい光景だろう。
おぉ、夕陽が射しこんできて空はすっかり茜色に染まってきたぞ。
今宵の月夜はきっと清々しいことであろうなぁ。 )

661年、斉明天皇が征新羅のために九州行幸された途中、播磨灘海岸辺りで
詠まれたもので、額田王が天皇になり替って作ったとも推定されている一首。
天には茜色の巨大な豊旗雲、海上には軍船の、陸上には軍団の無数の旌旗が靡き、
実に雄大、荘厳な光景が想像されます。

万葉唯一の「豊旗雲」。
「豊」はその立派さ、壮麗さを讃えた言葉、
「旗雲」は幡(ばん)のような横に靡いている吹流しのような雲をいいます。

「くも」の語源は「太陽が籠って隠れている」意の「コモリ」が
「クモリ」「クモ」に転訛したもの(歳時記語源辞典 文芸社) で、
文学上、雲の総称は「浮雲」といわれ、上記の「ちぎれ雲」も浮雲の一つ。

また、浮雲は「心が落ち着かない、思い通りにはいかない」例えとしても
用いられ、
「さらさら さっと書き流せばアラ,無情(うたて)始末にゆかぬ浮雲めが- 」
(二葉亭四迷 浮雲 はしがき) などとあります。

「 夕ぐれは 雲のはたてに ものぞ思ふ
     天つ空なる 人を恋ふとて 」 
                よみ人しらず 古今和歌集


( 夕暮れになると 雲の果ての方を眺めて物思いにふけっています。
 私をうわの空にさせるあの人を恋しく思って。)

恋の想いがあると、空を眺めるというのが当時の習い。
それにしても洗練された美しい恋歌です。

     「 雲の峰 ならんで低し 海のはて 」 正岡子規



                万葉集590(青雲・白雲) 完

                次回の更新は7月29日です。
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by uqrx74fd | 2016-07-22 20:21 | 自然

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