万葉集その五百九十一 (家持の百合と撫子)

( ヤマユリ  万葉植物園   奈良 )
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( 同上   源氏山公園   鎌倉 )
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( 同上   自宅 )
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( カサブランカ  自宅 )
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(   同上  )
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(  ササユリ  大神神社ゆりの苑   奈良 )
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(  カハラナデシコ  万葉植物園  奈良 )
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(    同上  )
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(  白ナデシコ  神代植物公園  東京 )
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(  ムシトリナデシコ  小石川植物園  東京 )
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 746年、大伴家持は越中国の長官(国司)に任じられました。
栄転とはいえ華やかな都から雪深い国への異動。
任期は5年の長きにわたります。

突然の命令で取る物も取りあえず単身赴任した家持は、持ち前の真面目さで、
日々の任務を無難にこなす傍ら歌作にも力を注ぎ、早や3年。

とはいえ、味気ない夜の一人寝は辛くてたまりません。
現地妻を求めたいと思っても部下の恋狂いを厳しく叱責した手前、
控えなくてはならない立場です。

「あぁ、あと2年も我慢しなければならないのか」と溜息をつきながら
都に残してきた妻、坂上大嬢(さかのうえ おほをとめ) への恋しさが
募っていたある夏の日、無聊を慰めるつもりで野原から自宅の庭に移植し、
丹精しながら育てた百合と撫子が見事な花を咲かせました。

愛妻の面影を連想させるような可憐な撫子。
百合の香りが馥郁と漂う中、鬱憤を晴らすかのように家持は詠いだします。

「 さ百合花 ゆりも逢はむと 下延(したは)ふる
    心しなくは  今日も経(へ)めやも 」  
                             巻18-4115 大伴家持

( 百合の花の名のように ゆり-後にでもきっと逢おうと ひそかに
 頼む心がなかったなら 今日1日たりとも過ごせようか。
 とても過ごせるものではない 。)

「ゆり」は「後(ゆり)」の意で「百合」と語呂が合うのでよく併用され、「いずれ後々に」。
「下延(したは)ふる」 心の中でひそかに思う。

「さ百合」の「さ」は「神聖」を意味し新婚の初夜にも飾られました。
当時、関東以北で自生するのは「山百合」、関西以南では「ササユリ」と
されているので、家持が越中で詠んだのは山百合。

詞書に庭の花を見て作った歌とありますが、植栽は非常に難しいのです。
山中に自生している百合の根は深く、庭に移しかえると大概は枯れてしまいます。
というのは、山百合の根は2つあり1つは栄養を摂るための「上根」、
今1つは「下根」といい球根をウイルスから守るため地中深く延びて
下へ引きずり込む役割を果たしています。
庭では余程深く掘らないとうまく育ちません。
家持さんはそのことも知っていて、上手く花を咲かせたのでしょうね。

大輪の花を咲かせ、濃厚な香りを漂わせる山百合は、後々、世界中で愛され、
「カサブランカ」も山百合の交配種から生みだされたものです。

   「 百合の露 揚羽のねむる 真昼時 」     飯田蛇笏

続いて撫子の花。

 「 なでしこが 花見るごとに 娘子(をとめ)らが
              笑(え)まひの にほひ 思ほゆるかも 」  
                               巻18-4114 大伴家持

( なでしこの花を見るたびに あの愛しい娘子の笑顔のあでやかさが
  思われてなりません)

「娘子(をとめ)らが」: 妻、坂上大嬢をさすが一般の女性を呼ぶように詠ったもの
           「ら」は親愛を示す言葉
「 笑(え)まひの にほひ 」: 美しい笑顔

 「 我がやどの なでしこの花 盛りなり
     手折りて一目 見せむ子もがも 」
                      巻8-1496 大伴家持(既出)

( 我が家の庭の、なでしこの花が真っ盛り。
  手折って一目なりと 見せてやる子がいればいいのになぁ。 )

万葉集中、撫子は26首、そのうち家持は11首も詠っています。
清純で美しく、楚々とした佇まい。
愛しい人を撫でる心地がするのでその名があるそうですが、
庭の花を眺めながら愛妻の姿を瞼に浮かべている姿は
なんとなく寂しげです。

それから程なくして家持は政務報告のために上京。
「もう、単身赴任はいやだ」と妻を越中に伴い、浮き浮きしながら帰任し、
その後、公私共に充実した時を過ごして歌作も最盛期を迎えました。

「 撫子が さきたる 野辺に 相おもふ
           人とゆきけむ いにしへ おもほゆ 」 伊藤左千夫



               万葉集591 (家持の百合と撫子 )    完


                次回の更新は8月5日です。
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by uqrx74fd | 2016-07-29 00:00 | 生活

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