万葉集その五百九十七 ( 松籟、爽籟、秋の風 )

( 松わたる風の響き 松籟  皇居東御苑 )
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( 緑鮮やかな松の絵のスカーフ  エルメス製 )
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( ススキの葉擦れの音  爽籟:そうらい  飛鳥 奈良 )
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( 稲穂そよがせる秋風  飛鳥 奈良 )
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( 緑の杉玉は新酒到来の合図  揮毫は東大寺長老 上野道善師 )
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( 酒樽  春日大社 )
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(  京都御所の簾:すだれ )
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( 秋の彩り    三越本店ショーウインドウ )
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( 秋の実り    歌舞伎座地下で )
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『 日本人は古くから常緑の松を称えて「色変えぬ松」(秋の季語)なる言葉を残した。
  また、その松を渡る微細な風の音を「松籟(しょうらい)」とよんで
  大事にしてきた。
  四季折々にその音色を楽しんできたが、ことに秋の松籟は爽やかな風の響きが
  楽しめるところから「爽籟(そうらい)」という秋の季語を生み出した。
  この「籟」なる文字、穴の三つある笛のことで、その笛を吹くことを
  吹籟(すいらい)といった。
  風の吹き通る音を、その吹籟の笛の調べになぞらえた日本人好みの言葉である。』
                                 ( 榎本好宏著 風のなまえ 白水社 より )

風の音に繊細な美意識を見出した万葉人は二人。
市原王と額田王です。
特に市原王は松の梢をわたる風の響きを詠っており、松籟の先駆けと云えましょう。

「 一つ松 幾代か経(へ)ぬる 吹く風の
    音の清きは 年深みかも 」  
                        巻6-1042 市原王(既出) 

( 一本松よ おまえは幾代もの長い歳月を経てきたのだろうなぁ。
  風が爽やかに吹き、こんなにも清らかな音を響かせているのは
  お前が逞しく生き抜いてきたことを寿いでいるようだねぇ)

744年1月、貴族の子弟たちが聖武天皇皇子、安積王の宮近く、
活道岡(いくじがおか;京都) とよばれる丘の上に立つ松の大樹の下で
酒宴を開きました。
冬晴れの暖かい好日。
紺碧の空の下、松の梢に風が渡り莢かな音が響く。
作者は新年を賀し、
「老松にあやかり各々がた末永く長寿であれ」と祈っています。

悠久の時の流れの中での心地よいひととき。
気品と透明感があふれ「王朝時代の松風の美感を先取りした(山本健吉)」、
万葉集唯一、松渡る風の歌です。
なお作者は天智天皇の5代目にあたり、歌の名手、志貴皇子の曾孫。

「 君待つと 我が恋おれば わが屋戸(やど)の
          簾(すだれ)動かし 秋の風吹く 」 
                           巻4-488  額田王(既出)

 額田王が大津宮で天智天皇を想って詠んだ歌。

「 天皇を恋しく思って、その訪れを今か今かと待っている。
  静かに座りながらどんな音も聞き漏らすまいと、じっと耳を澄ます。
  折から一陣の風。
  簾がサラサラと音をたて、風がスゥーと吹き渡っていく。
  一瞬、はっとするが、待ち人来たらず。
  あとは、ただ静寂あるのみ。」

愛人を待つ微妙な女心のゆらぎを風に託した繊細な表現。
流石、額田王、秋の風、爽籟を詠った万葉屈指の名歌です。

大海人皇子(後の天武天皇)との間で一女(十市皇女)をなしたにもかかわらず、
天智天皇の後宮に入った作者は二人の天皇から愛された稀有の女性。
よほどの美貌と知性を兼ね備えた魅力ある佳人だったのでしょう。

「 秋風の ふけども青し 栗のいが 」 芭蕉

残暑まだ厳しい夏の終わり。
早朝に起きて庭に出る。
ひんやりとした涼風が頬をなでて通り過ぎてゆく。
おぉ! 秋が来たぞ! と実感する一瞬です。

「 秋風の 吹きにし日より いつしかと
               我(あ)が待ち恋ひし 君ぞ来ませる 」
                           巻8-1523  山上憶良

( 秋風が吹きはじめた日から いついついらっしゃるかと
 恋焦がれていたあなた。
 とうとう今、お出でになったのですね )

七夕の日、待ちに待った牽牛を迎えた喜びを織姫の立場で詠っています。
旧暦の8月、現在の9月7日頃。
大宰府長官、大伴旅人邸での宴席の余興。
この歌を自身の恋人を迎えた喜びとしても、そのまま通用します。

「 昨日こそ 早苗とりしか いつのまに
    稲葉そよぎて 秋風の吹く 」 
                     よみ人しらず 古今和歌集 

(  ついつい昨日早苗をとって田植えをしたばかりと思っていたのに
  いったい、いつのまにこのように秋風が吹いて
  稲の葉がそよぐようになったのだろう )

時の移り変わりの速さに驚きつつ、秋到来を喜ぶ。
稲の穂のゆらぎに秋を見出した1首。

「 あはれ いかに 草葉の露の こぼるらむ
            秋風立ちぬ  宮城野の原 」    西行

( あぁ、秋風が立ちはじめた。
  あの懐かしい宮城野の原の草葉の露はどれだけこぼれ落ちているだろうか。)

秋風が吹いたと感じると共に、かって訪れた宮城野を
思い出しながらその様を懐かしく瞼に思い浮かべています。
宮城野は萩が群生する広大な野原、仙台東方一帯。

「 秋かぜや 日本(やまと)の国の 稲の穂の
               酒のあじはひ 日にまさり来れ 」   若山牧水

秋は新酒の季節。
酒好きな作者は田園に満ち満ちた稲の香りを
しみじみと味わっているのでしょう。
「 あぁ、日本人に生れてよかった 」 という思いが
「やまとの国の」にこもっているようです。

澄み切った清々しい秋の風は「色なき風」。
芭蕉は
   「石山の 石より白し 秋の風 

と詠みました。
次の句は秋風と鶴の白を重ねたもので、
鶴はタンチョウでしょうか。

 「 吹き起こる 秋風鶴を あゆましむ 」 石田波郷


            万葉集597 (松籟、爽籟、秋の風 ) 完


            次回の更新は 9月16日 の予定です。
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by uqrx74fd | 2016-09-08 20:18 | 自然

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