万葉集その五百九十九 (実りの秋)

( 今年も豊作  飛鳥 )
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( 橘寺 稲と彼岸花   飛鳥 )
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( 棚田  飛鳥 )
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(  粟:あわ  市川万葉植物園  )
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( 桃  山梨 )
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( 栗  飛鳥 )
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( 梨   千葉 )
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( 松茸 新島々駅の前で農家が格安で売っていた あるところにはあるもの 長野 )
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( リンゴ   山梨 )
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( 巨峰   山梨 )
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歳時記語源辞典によると、「秋(アキ)」という言葉の語源は

1、作物の仕上がり、成熟の意の「アガリ」が「アガイ」「アキ」に
  転訛した。(橋本文三郎著 文芸社)

2、熟して赤らむの約「黄熟り(アカリ)」が「アキ」に転じたもの(大言海)

3、江戸時代の学者、新井白石の「作物が豊かに稔って飽きる義」、
  つまり「飽きるほど十分満足する稔り」の意、

など諸説あります。

このような豊かな実り秋に万葉人はどのような歌を詠ったのでしょうか?
代表的なものとして「稲」「桃」「栗」「粟(あわ)」「松茸」を採りあげてみましょう。

まずは稲、二人のやり取りです。

 「 我が蒔ける 早稲田(わさだ)の穂立 作りたる
     かづらぞ見つつ 偲はせ 我が背 」 
                巻8-1624 大伴坂上大嬢(おほいらつめ)

( 私が蒔いた早稲田の穂立、立ち揃ったこの稲穂でこしらえた蘰(かづら)です。
      どうかこれをご覧になりながら私だと思って偲んでください。)

「 我妹子(わぎもこ)が 業(なり)と作れる 秋の田の
    早稲穂のかづら 見れど飽かぬかも 」 
                          巻8-1625 大伴家持

    ( あなたが仕事をして獲り入れた秋の田、その早稲穂でこしらえた蘰は
      いくら見ても見飽きることがありません 。)

  蘰(かづら) : 稲の穂を編んで作った髪や衣類に挿す飾り。

739年の秋、家持の婚約者、大嬢は竹田庄に住んでいる母、坂上郎女のもとで
農事を手伝っていました。
竹田庄は飛鳥近く、大伴家の領地です。

収穫が終わり一段落した頃、久しぶりに家持が訪ねてきましたが、
公用で多忙の為、すぐ都へ戻らなければなりません。
大嬢はそのようなことも予想してあらかじめ作っておいた蘰(かずら)を 
「私だと思って偲んで下さいね」と渡したのです。

時に家持22歳、 大嬢17歳。 
花嫁修業中の大嬢、初々しさと気負いが感じられる1首ですが、
貴族でも自分の領地の農作業を自ら行っていたことがこの歌から窺われます。

「 はしきやし 我家(わぎへ)の毛桃 本茂く(もとしげく)
    花のみ咲きて ならずあらめや 」 
                           巻7-1358  作者未詳

( かわいい我家の毛桃 この桃の木に花がいっぱい咲くだけで
  実がならないのであろうか。
  まさかそんなことはあるまいでしょうね。)

「桃」にわが娘、「元茂く咲く」に縁談が多いこと 
「実になる」に結婚を譬えて年頃の娘をもつ心配性の母親。

縁談は次から次へとあるが、一向にまとまらない。
こんなに可愛い娘なのにどうしてなのだろう。

「はしきやし」は「いとしい」
「毛桃」 桃の実に細かい毛が生えていることによる。
      古代の桃は小粒で酸味が強かったらしい。

なお、桃は初夏から出回りますが秋の季語になっています。

「 松反り(まつがへり) しひてあれやは 三栗の
    中上り(なかのぼり)来(こ)ぬ 麻呂といふ奴 」 
                      巻9-1782 柿本人麻呂歌集

  ( 鷹の松返りというではないが、ぼけてしまったのかしら。
    機嫌伺いに中上りもしない 麻呂という奴は )

「松反り」は「しひて」の枕詞、
        鷹が戻るべき手許に戻らず、高い木に返るの意。
        掛かり方は未詳。

「しいて あれやは」 頭が呆けた 身体に障害がある

「三栗」は中の枕詞 栗のいがの中に三つの栗、その真ん中の意で掛かる。

「中上り」(なかのぼり) 地方官が任期中に諸報告のため都に上ること。

「麻呂」 夫の名 男の一般的な名前

地方官の麻呂と云う男が帰省した時、都で留守をしている妻に、
「 任地に手紙も寄こさないで、まるで音沙汰なし。
  怪しからん。
  お前は俺を思う気がうせてしまったのか。」
と怒鳴ったところ

「 あんたこそ呆けたのではないか。 
  もっと頻繁に帰ることが出来るのに
  こんなに長く放っておいて。
  よく人のことが言えたものだ。」

とやり返したもの。
人麻呂が宴席で一人芝居した座興とも思われます。

万葉集での栗は3首。すべて枕詞として使われていますが、
毬栗(いがぐり)の中の実が3つ、その真ん中の実とは面白い。

「  足柄の 箱根の山に 粟(あは)蒔きて
     実とは なれるを 粟無くもあやし 」
                    巻14-3364 作者未詳(既出)

  ( 足柄の箱根の山に粟を蒔いてめでたく実がなった。
     なのに俺があの子に逢えないとは、おかしいではないか )

「粟無く」に「逢わなく」を掛けている。

一生懸命あの子に想いを掛けているのに見向きもしてもらえない。
片想いの辛さを嘆く男ですが、からっとしていて笑いを誘う1首。
粟の種蒔きは春、初秋に収穫。
古代の重要な穀物です。

「 高松の この峰も狭(せ)に 笠立てて
    満ち盛りたる 秋の香のよさ 」 
                  巻10-2233 作者不詳(既出)

   ( 高円山の峰も狭しとばかりに、まぁ見事に茸の傘が立ったことよ。
     眺めもさることながらこの香りの良さ。
     早く食べたいものだなぁ。)

高松は奈良の高円山(たかまどやま)。
全山に松が林立し足の踏み場のない程にびっしりと生い並ぶ松茸が、
今が盛りとかぐわしい芳香を放っている様子を詠ったもので、
今日では想像も出来ない光景です。

茸の歴史は古く縄文時代後期(4000年前)まで遡りますが、
ふんだんに採れた松茸は今や希少品。
昭和初期に6000トンを超えていた国産品の生産量は現在わずか37トン。
庶民にとって高嶺の花になってしまいました。

このような惨状になったのは、松茸の育成に欠かせない赤松の減少。
赤松は痩せた土地を好み、里に暮す人々が、燃料や肥料にする草木を集めることで
最適の条件を保ってきました。
然しながら、昭和30年代後半から農村に電気、ガス、化学肥料が普及し、
里人が山に入らなくなったため土地が肥沃になり、その結果広葉樹が繁殖し
松林を荒廃させたのです。

因みに現在の松茸生産量は中国775トン、アメリカ214、カナダ173、が御三家。
国産は長野県29トン、岩手県4、岡山県 1,8。
万葉で詠われた奈良はわずか0,3トンです。

    「 茸狩や 頭を挙れば 峰の月 」 蕪村

昭和28年頃、奈良市近郷の山では松茸がまだ沢山生えていました。
家族揃っての松茸狩り。
いくらでも採れました。
持参した七輪で火を起こして食べた「すき焼き」の美味かったこと。
あぁ、香り高い松茸が懐かしい!
今や1本1万円以上とはねぇ。

    「 松茸を 焼く七輪の 横に燗 」 梅田蘇芳


             万葉集599 (実りの秋)  完


             次回の更新は9月30日の予定です。
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by uqrx74fd | 2016-09-22 19:43 | 生活

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