万葉集その六百五 (雲によせて)

( 夏と秋が行き交うころ )
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( 流れる )
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( ツバメ ? )
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( 大鵬 上の部分はE.T? )
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( 結ぶ )
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( 怪鳥 )
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( 夕焼け雲 )
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( いわし雲 )
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( 巻向山 弓月が嶽 手前は井沢池  山辺の道  奈良 )
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「 庭にたちいで ただひとり
  秋海棠の 花を分け
  空ながむれば 行く雲の
  更に秘密を 開くかな 」    
              ( 島崎藤村 雲のゆくへ) より

コバルトブル-の秋の空。
その中に浮かぶ雲は、風に流されながら様々な形に変え、
あっという間に移動してゆきます。

人の顔、動物、乗り物、怪獣、等々。
古代の人々はそのような雲を眺めながら、そこに霊魂が宿っていると信じ、
朝に夕に雲を見ながら、思う人を偲ぶよすがとしたのです。

さぁさぁ、早速、万葉人の秘密を開いてみましょう。

「 朽網山(くたみやま) 夕居る雲の 薄れゆかば
    我(あ)れは恋ひなむ  君が目を欲(ほ)り 」 
                           巻11-2674 作者未詳

( 朽網山に夕方かかっている雲が薄れて見えなくなったら
 私はひたすら恋しくなるでしょうね。
 あの方のお顔が見たくなって。 )

愛しい人は朽網山を越えて遠くに旅立っていったのでしょうか。
夕居る雲は山にかかった雲がしばらく動かない状態をいいます。
暮れゆく空、あなたと思って眺めていた雲もやがて消えてしまう。
また明日までお別れね。
毎日、毎日旅の安全を祈る心優しい女性です。

朽網山(くたみやま)は 大分県竹田市の久住山(1787m)。

「 君が着る 御笠の山に 居る雲の
    立てば継がるる 恋をするかも 」
                 巻11-2675  作者未詳

( あの方がかぶる笠、その御笠の山にかかる雲がまた湧き出るように
     あとからあとから燃え立つ切ない恋をしています )

「立てば継がるる」は雲がむくむく湧き上がるように次から次へとの意。

愛する人への思いが込み上がり、抑えようもないこの気持ち。
春日山前方の御蓋山(奈良)を毎日眺めながら、愛する人の面影を
目に浮かべている可憐な乙女です。

「 ひさかたの 天飛ぶ雲に ありてしか
                  君を相見む おつる日なしに 」 
                           巻11-2676 作者未詳

( 天空を飛び通う雲になりたい!
 そうしたら思うままにあの方に逢える。
 1日たりとも欠ける日なしに。)

私は雲になりたい。
何とロマンティックな女性なのでしょう。
まだ男を知らない純情な夢見る女性でしょうか。

「おつる日なし」は「欠ける日なし」つまり「毎日逢える」

「 夕されば み山を去らぬ 布雲(にのくも)の
    あぜか絶えむと 言ひし子ろばも 」 
                      巻14-3513 作者未詳

( 夕方になると、いつもあのお山について離れない雲
  その途切れない雲のように 
  「何であなたとの仲が絶えたりしましょうか」
  と云っていたあの子は。あぁ。 )

布雲(にのくも):「ぬのくも」の東国訛りで晒し布のように長くて切れ目がない雲
「あなたとの仲が切れるはずがない」と云っていた女性がもういない。
亡くなったのか、遠くの地へ行ってしまったのか、
あるいは、心変わりしたのか?

伊藤博氏は次のように評されています。

「 調べ高く 哀感が深くこもって東歌の中では文学性が高い歌の一つ。
  山をみ山とよび、横に棚引く雲を布雲ととらえたところ、
  東国人の土のにおいも出ている 」( 万葉集釋注7)

最後に雲を詠った万葉屈指の名作を。

「  あしひきの 山川の瀬の 鳴るなへに
     弓月が嶽に 雲立ち渡る 」 
                   巻7-1088 柿本人麻呂歌集(既出)

轟々と響き渡る川音を耳にしながら、山雲が湧き立つさまを
じっと見ている作者。(人麻呂と確信されている)

「 一気呵成、鳴り響く声調の中に山水の緊張関係がさらに深められ
  躍動する自然の力は神秘でさえある。
  弓月の山水はこうして永遠の命を確立した。
  万葉集の中でも、もっともすぐれた歌の一つといってよかろう 」
                            ( 伊藤博 万葉集釋注4)

山の辺の道、檜原神社を下ったところに井寺池があります。
ここから弓月が嶽、三輪山が臨まれ、川端康成氏揮毫の碑、

「 大和は 国のまほろば 
  たたなづく 青かき
  山ごもれる
  大和し うるはし 」 

また、麓の村の入口、小さなせせらぎが流れるところに上記人麻呂の歌碑が
建てられています。
この場所は昔、川幅も大きく鬱蒼とした森に囲まれていたのでしょうか。

目を閉じて川音に耳を澄ませていると、遥か昔の世界に引き込まれて
ゆくようです。

「 高根に登り まなじりを
  きはめて望み 眺むれば
  わがゆくさきの 山河は
  目にもほがらに 見ゆるかな
  みそらを凌ぐ 雲の峯
  砕けて遠く 青に入る 」
                    (島崎藤村 高山に登りて遠く望むの歌)

      きはめて望み : 果てまで見渡して




          万葉集605 (雲によせて) 完

          次回の更新は11月11日(金)の予定です。
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by uqrx74fd | 2016-11-03 19:51 | 自然

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