万葉集その六百七 (十月時雨)

( 時雨のあと ドウダンツツジが美しい 依水園  後方東大寺南大門  奈良 )
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(  奈良公園 南大門の近くで )
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( 吉城園   奈良 )
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( 室生寺で   奈良 )
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( 長谷寺   奈良 )
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(  晴れた日の二月堂   奈良 )
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(  正倉院 この辺りは銀杏が多い 奈良 )
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(  大仏池  紅葉が池に映える  奈良 )
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(  浄瑠璃寺  京都 )
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( 大神神社の酒祭り(11月14日)の準備 杉玉は200㎏とか  月刊なららより )
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(  酒屋向けの「三輪明神 しるしの杉玉 」  大神神社で  奈良 )
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「時雨」。
秋の終わりから冬にかけて、日が射しているにもかかわらず突然雨が
パラパラと降り出して直ぐ止む。
あるいは山から山へと移り降ってゆく。

これは、西北の季節風が山に当たって吹き上がり、冷却して雲となって
雨を降らせるために生ずる現象だそうですが、特に京都のような地形で
多くみられるようです。

現在は冬の季語とされていますが、万葉人にはそのような認識はなく、
「九月(ながつき)の時雨」は黄葉を促すもの、
「十月(かむなづき)の時雨」は木々の落葉を早めるものと感じていました。
( 陰暦の9~10月は現行太陽暦の10~11月 )

「 九月(ながつき)の しぐれの雨に 濡れ通り
        春日の山は 色づきにけり 」 
                       巻10-2180 作者未詳

( 長月の時雨の雨に濡れ通って、春日の山はすっかり色づいてきた )

「濡れ通り」とは時雨が木々を隅々まで濡れ徹(とお)らせての意。

「 調子が一気に徹(とお)り、うるおい、響きがある。
現代語訳に置き換える無力さを感じさせ、
繰り返し吟唱するにしくはない」(伊藤博) と評価されている秀歌です。

「 十月(かむなづき)  しぐれにあへる 黄葉(もみちば)の
             吹かば散りなむ  風のまにまに 」 
                             巻8-1590 大伴池主

( 十月の時雨に出会って色づいたもみじ、これと同じ山のもみじは
  風が吹いたら吹かれるままに、散ってしまうことでしょう。)


738年 橘奈良麻呂(左大臣諸兄の子)邸宅での宴歌で
日頃親しくしていた人々11人集まり黄葉を詠ったもの。
全山、赤、黄色に染まった美しい彩りを愛でながら盃を傾けています。

旧交を温め、会話も弾んでいる最中(さなか)、突然、一陣の風にあおられて
木々の葉が舞う。
パラパラと軽く降る雨。
濡れた黄葉は一段と色鮮やかです。
そして、何事もなかったように再び晴れ間が。

そのような情景を思い浮かべさせる一首、作者は大伴家持の歌友です。

「 十月(かむなづき) しぐれの常か わが背子が
         やどの黄葉(もみちば)  散りぬべく見ゆ 」
                             巻19-4259 大伴家持

( 十月:かむなづき、この時雨の雨の習いなのか あなた様の庭のもみじは
  一段と美しく色づいて、今にも散りそうに見えます。
  いつまでもそのままでありたいものですね。)

751年 紀 飯麻呂(きの いひまろ)宅の宴での歌。
「我が背子」は主人、紀麻呂を親しみをこめて呼んだもの。

庭の紅葉の見事さを讃え、一家の繁栄を寿いだ一首。
あえて散りそうな黄葉を詠うことにより、今の盛りを大切に
楽しもうという心を含めたようです。

作者は恭仁京から奈良に戻り、少納言に昇進したばかり。
意気軒昂の時期です。

次の二首は問答とされ男女の掛け合いです。


「 十月(かむなづき) しぐれの雨に 濡れつつか
          君が行くらむ 宿か借(か)るらむ 」 
                          巻12-3213 作者未詳(女)

( もう十月、あの方は今頃冷たいしぐれの雨に濡れながら旅を続けて
 おられるのでしょうか、それとも、どこかで宿を借りておられるのでしょうか。)

初冬の雨に旅先の夫を案じる妻

「 十月(かみなづき) 雨間(あまま)も置かず 降りにせば
          いづれの里の 宿か借らまし 」 
                     巻12-3214 作者未詳(男)

( この寒い十月というのに 晴れ間もなしに 雨が降り続いたら
  一体どこの村里の宿を借りたらよいのであろうか。 )

泊めてくれそうな心当たりもない異郷の広野を旅してゆく不安。
時雨は雨間があるのが普通なのに、ひっきりなしに降る。
これから先、どうすればよいのか、心細くなる男。

十月(かみなづき)は現在「神無月:かんなづき」と書かれますが、
日本中の神々が出雲大社に集まり不在になるとの言い伝えによります。
ただし、出雲だけは神様がおられるので「神有月」と呼ぶそうな。

尤も語源は諸説あり、雷が無くなるので「雷無月(かみなし月)」、
あるいは、新酒が出来るので「醸成月:かもなしつき」が訛ったとも。
後者は、酒好きな人が命名したのでしょう。

   「 あらうれし 杉玉緑 三輪の里 」    筆者

   酒の神様、大神神社の杉の葉で作られた杉玉は新酒入荷の合図。
   全国の酒屋、飲み屋の軒先に掛けられます。
   本殿に飾られる杉玉は200㎏の重さだとか。

         万葉集697 (十月時雨 )完

      次回の更新は11月25日(金)の予定です。
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by uqrx74fd | 2016-11-19 17:27 | 自然

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