万葉集その六百十二 ( 梓:あずさ )

( 梓 現代名 水芽:ミズメ  赤塚植物園  東京 )
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( 同上 )
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( 梓の紅葉  同上 )
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( 梓弓複製  東京国立博物館 )
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(  古代の弓猟   橿原考古学研究所  奈良)
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(  埴輪 弓を持つ男   同上 )
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(  縄文晩期の弓  同上 )
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(  縄文晩期の矢のひじり  同上 )
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( 弥生前期の弓  同上 )
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(  同 復元された矢   同上 )
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梓(あずさ)はカバノキ科の落葉高木で本州岩手県以南、鹿児島県以北に
分布する我国固有の植物です。
山地に自生し高さ15~20m、幹の直径は30~70㎝、桜に似た横長の
皮目があります。
秋の葉の彩りが美しいため庭木でも栽培され、現代名は「水芽(ミズメ)」。
樹皮に傷を付けると樹液が水のように流れるのでその名があり、
枝を折るとサロメチールのような匂いがツンと鼻を刺激します。

古くは弓材、器具,家具などに用いられ、奈良時代の梓弓が正倉院に、
複製が東京国立博物館に収蔵されており素朴な面影を伝えてくれています。

万葉集での梓は50首。
植物そのものを詠ったものはなく、ほとんどが枕詞としての梓弓、
しかも恋歌です。

「 梓弓 末(すゑ)の はら野に 鳥狩(とがり)する
    君が弓弦の 絶えむと思へや 」 
                          巻11-2638 作者未詳

( 末の原野で鷹狩をする我が君の弓弦が切れることがないように
 わたしたち二人の仲が切れるなど、とても思えません )

末の原野の「末」は大阪府南部の和泉の陶邑(すえむら)とする説が
ありますが、詳細は不明。
鷹狩をする男は地方の豪族の若君でしょうか?
相思相愛と信じていても内心不安な女性です。

「 梓弓 引きてゆるさず あらませば
   かかる恋には あはざらましを 」 
                      巻11-2505 作者未詳

( 梓弓を引きしぼって緩めないように、心を許しさえしなかったら
 こんなに切ない恋に出くわさずにすんだのに )

相手は身分が違う、あるいは他に恋人がいる男か。
決して愛すまいと心に固く誓ったのに。
ついつい誘惑され体を許してしまい好きになってしまった。
どうしょう、私。

「 引きてゆるさず 」:「相手に気をゆるさない」(隙をみせない)

「 梓弓 引きて緩へぬ ますらをや
    恋といふものを 忍びかねてむ  」 
                       12-2987 作者未詳

( 梓弓を引き絞って緩めることがない、張りつめた心の堂々たる大丈夫。
 そんな男たるものでも恋と云うやつにかかっては
こらえきれないものなのか )

こちらは自ら「ますらを」と自負する男。

「恋など決してするものか」と広言したが、突如目の前に現れた美女にメロメロ。
 人様が何といおうがもう知るか! と見栄も外聞もかなぐり捨てた。

「 いまさらに 何をか思はむ 梓弓
    引きみ緩へみ 寄りにしものを 」 
                         巻12-2989 作者未詳

( 今さら何を思い悩もうか。
  梓弓を引いたり緩めたりするように、あれこれ思案した挙句に
  あの方に心を寄せてしまったの。)

こちらは女。
覚悟を決めた。
もう迷わない、あの人一筋に愛そう。

「 かくだにも 我(あ)れは恋ひなむ 玉梓(たまづさ)の
    君が使(つかひ)を 待ちやかねてむ 」 
                         巻11-2548 作者未詳

(これほどまでに切ない気持ち。
これからもずっと私はあの方を恋い慕っていくことでありましょう。
しかし、それにしても、あの方の言伝ての使いすら待ちかねて
我慢できないのです。 )

玉梓は美称の玉+梓。 
古代、男女の逢い引きの連絡は使い人が受け持っていました。
正式な使いの目印として梓の枝を折り、そこに文や歌を付けたのです。
そのようなことから玉梓(たまづさ)という言葉が生まれ、使いに掛かる
枕詞になっています。

玉梓は万葉で7例見え、平安時代になると消息、手紙の意味に変わります。

梓は古来、霊力や呪力がある木とされていました。
弓材に使われたのも、木の質が固いという事だけではなく、呪力があると
信じられていたためです。
信濃国が産地として知られ、続日本紀によると、文武天皇大宝2年、1020張が
大宰府の用に、さらに甲斐の国からも500張献上されたそうです。

梓はその後、版木としても用いられ、このことから、
書物の出版を「上梓(じょうし)」と云うようになったそうな。

「 おく山に 未だ残れる 一むらの
              梓の紅葉 雲に匂へり 」     伊藤左千夫


        万葉集612 (梓:あずさ) 完



       次回の更新は1月1日(日)の予定です
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by uqrx74fd | 2016-12-22 17:38 | 植物

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