2017年 02月 09日
万葉集その六百十九 (眉美人)
( 樹下美人図 一部 正倉院宝物 )
( 難波ひと 一部 長谷川 青澄:せいちょう 奈良万葉文化館収蔵 )
( 梅花粧 一部 鎌倉秀雄 同上 )
( 阿修羅像 国宝 興福寺 )
「眉」と云う字は目の上に波の形を書いた象形文字で、細くて美しいまゆ毛を
表すそうです。
漢字辞典を紐解くと
「眉山」(びざん) 美人の眉、また顔かたちの美しいさま
「眉壽」(びじゅ) 眉が長く伸びるまで長生きする人、長寿の人
「眉黛」(びたい) まゆずみで描いた眉、美人のたとえ
「眉斧」(びふ) 美人の眉、
美貌のために身をうしなうことになるので
斧(ふ:命を絶つもの)という
「眉目秀麗」 すぐれ秀でている人 ( 眉秀でたる若人ともいう:筆者注)
「柳眉」 柳の葉のように細く美しい眉、美人の眉
「三日月眉」 三日月形の眉、眉の上下が細い
など、いずれも女性は美人、男性はイケメンを意味する言葉ばかりです。
万葉人は三日月や柳葉の形をした眉の持主を美人と称え、可愛い女性が
眉を掻くしぐさをして(一種のおまじない)恋人の訪れを待つ様子を
楽しそうに詠っています。
「 思はぬに 至(いた)らば妹が 嬉しみと
笑(え)まむ 眉引き(まよびき) 思ほゆるかも 」
巻11-2546 作者未詳
( 思いかけないところへひよっこり俺が行ったら
あの子が喜んでにっこり微笑む、その眉のさまがありありと浮かんでくるよ。)
「 不意に訪ねたらびっくりするだろうな。
きっとにっこり笑って喜んでくれるだろう。
あの可愛い眉を引き伸ばしながら。」
道を歩きながらにやにや笑っている男の顔が目に浮かんでくるような一首です。
嬉しみと:「まぁ嬉しい」と
「 月立ちて ただ三日月の 眉根(まよね)掻き
日長(けなが)く恋ひし 君に逢へるかも 」
巻6-993 大伴坂上郎女
( 月が替わって、ほんの三日月のような細い眉を掻きながら
長く待ち焦がれていたあなた様にとうとうお逢い出来ました。)
「月が替わって」とはお月さまが見えなくなってほんの少し姿を現した時期をいい
眉毛のような細い三日月だったのでしょう。
当時、眉根を掻くと、恋人に逢えるという俗信があり、
「 あなたが恋しい、お逢いしたいと眉根を掻いたら
その効き目があって、やっとお見えになりました。」と
まだ幼い娘、大嬢(おほいらつめ)に替わって詠ったもの。
坂上郎女は大伴旅人の異母妹で家持の叔母、大嬢は家持の許嫁でした。
「 振りさけて 三日月見れば 一目見し
人の眉引き 思ほゆるかも 」
巻6-994 大伴家持
( 遠く振り仰いで三日月を見ますと、一目見たあの人が
思われてなりません。)
当時、家持は16歳。
叔母、坂上郎女は恋と歌の先生。
おそらく「三日月」という題と上記の歌を示して、一首詠んでみなさいと
促されたのでしょう。
さすが万葉屈指の恋の達人マダムの指導の賜物、この年にして
堂々たる返歌。
はやくも天賦の才の片りんを見せています。
度々逢っていたのにもかかわらず、一目惚れの歌にして叔母との恋歌仕立てに
仕上げました。
そして、家持長じて恋の遍歴。
女性の容貌を桃のような紅、眉を青柳の葉に譬えた美しい歌を作りました。
「 桃の花 紅色(くれなひいろ)に にほひたる
面輪のうちに 青柳の 細き眉根(まよね)を
笑み曲がり - - 」
巻19-4192 (長歌の一部) 大伴家持
( 桃の花、その紅色に輝いている面の中で
ひときわ目立つ青柳のような細い眉、
その眉がゆがむほどに笑みこぼれて- )
妻、大伴大嬢(おほいらつめ)や他の美人を意識しながら詠ったものです。
「 びるばくしゃ まゆね よせたる まざなしを
まなこ に み つつ あきの の を ゆく 」 会津八一
「びるばくしゃ」(昆楼博叉) 東大寺戒壇堂 国宝 広目天
怒った様子を「眉を上げる」と云います。
しかし、この仏様の眉は上がっているが決して怒ってはいない。
右手に筆を、左手に巻物を持ち、まざなしは深い。
物思いに耽けりながら、静かに遠くを見つめている。
その名の通り、広く、多くの人々を守っているかのようです。
仏像で忘れられないのは興福寺の国宝「阿修羅像」。
長谷部 日出男氏は次のような説を唱えられています。
『 天平のスカーレット・オハラ。
モデルは若き頃の光明皇后。 (筆者注:聖武天皇皇后)
古代インドでは天上の神々に戦いを挑む悪神とされ、改心して仏法の守護神に
なってからも、荒々しい闘争心の権化であるはずなのに、
ここでは清純な信仰心の化身のように表現されている。』
( 阿修羅像の真実 一部要約 文春新書)。
憂いを含み、優しさあふれる眉。
この眉こそ、この仏像の最大の魅力です。
人物や仏様の絵を描くとき
眉の表現の仕方で人相が一変します。
古の人たちも仏様を造る時、その性質を十分にわきまえ、眉の表現に
細心の注意をはらったことでしょう。
ここでちょっと脱線。
『 ところで、いま・・・。
浪人姿に変装している木村忠吾と、さし向いで酒を飲んでいる五十男は
めったに見られぬ顔貌をしていた。
中肉中背の姿にも、尋常な目鼻立ちにも異常はないのだが、眉だけが
普通でない。
濃い眉と眉との間にも、もじゃもじゃと毛が生えているのだ。
つまり、眉毛と眉毛がつながっている。
二つの眉毛が一すじになって見える。
忠吾は「一本眉の客」とひそかによんでいた。』
(池波正太郎 鬼平犯科帳13(一本眉より) 文春文庫
この男の正体は盗賊「清州の甚五郎」。
面白いですよ。
「 水煙に 三日月かかる 興福寺 」 河本遊子
万葉集619 (眉美人)完
次回の更新は2月17日です。
by uqrx74fd | 2017-02-09 19:59 | 生活