万葉集その六百二十九 (八重桜)

( 知足院山門  ナラヤエザクラの発祥地   奈良 正倉院東側 )
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(  同上  本堂 )
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( ナラヤエザクラ  知足院 )
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(  新宿御苑  東京 )
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(  同上 )
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( 同上 )
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( 鬱金桜:うこんざくら  新宿御苑 )
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( 高千穂神社    佐倉市)
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(  同上 )
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( 同上 )
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( 京都御所 御苑 )
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( 同上 )
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万葉集その六百二十九 (八重桜)

「 いにしへの奈良の都の八重桜
    けふ九重(ここのへ)に にほひぬるかな 」  
                       伊勢大輔(いせのたいふ) 詞花集 百人一首

一条天皇の御代、奈良の八重桜が献上された際、作者が受取人となり、
藤原道長から「その花を題にして歌を詠め」と命じられ即座に詠んだもの。
上の句で古き都の栄光を背負っているような見事な八重桜を強調し、
下の句でそれが平安京の宮廷(九重)で絢爛と輝く有様を述べて詠嘆した。

「いにしへ」と「けふ」、「八重」と「九重」を対比し、古都の桜を称え
平安宮廷の繁栄を明るく高らかに詠いあげた名作。
この一首により八重桜と云えば奈良、不変のものとなりました。

八重桜は桜の一品種ではなく、八重咲きに花をつける桜の総称で、
我国では「関山(カンザン)、「一葉(イチヨウ)」、「普賢象(フゲンゾウ)」、
「八重紅枝垂れ」、そして淡い黄色の「鬱金(ウコン)」などが知られています。

多くはヤマザクラやソメイヨシノに比べて開花期が遅く、見頃は4月中旬~下旬。
散り始めまでの期間が長くゆっくり楽しめ、風に舞う花びらや花絨毯も美しい。

万葉集には八重桜という言葉は見えませんが、聖武天皇がご覧になって
いたく感心されたという記述もあるので、平城京の周囲には多く咲き誇って
いたことでしょう。

「 あをによし 奈良の都は 咲く花の
   にほふがごとく 今盛りなり 」 
                        巻3-328 小野 老(おゆ)

( 奈良の都は咲き誇る花の色香が匂ひ映えるごとく、今真っ盛り。)

大宰府で勤務している作者が公用で都に上り、桜満開の素晴らしさを
宴席で語ったもの。
豪華絢爛な八重桜が咲き誇る奈良の春を世にも美しく詠い、
長く愛唱されている一首です。

「 見渡せば 春日の野辺(のへ)に 霞立ち
    咲きにほへるは 桜花かも  」  
                        巻10-1872  作者未詳

( 遠く見渡すと、春日の野辺一帯に霞がたちこめ、花が美しく咲き誇っている。
 あれは、桜の花だろうか。)

「 遠く霞の中に咲きにほふ桜花の眺め。
今も美しい日本の春の典型的な景色である 」( 佐佐木信綱 万葉集評釈)

と評される平安朝和歌の先駆をなすもの。
今日の飛火野から奈良公園一帯にその面影が残ります。

「 千歳すむ 池のみぎはの 八重桜
           かげさへ底に 重ねてぞ見る 」    藤原俊忠 千載和歌集

八重桜はオクヤマザクラが重弁化して生まれたものと考えられています。

以下は小清水 卓司奈良女子大名誉教授の記述からの要約です。

『 その昔、聖武天皇が弥生の頃三笠山の奥に行幸された時、
谷間にいとも麗しい八重桜の咲いているのをご覧になり、
宮廷に帰って光明皇后に伝えたところ、皇后は非常にお喜びになり
その桜の一枝なりとも見たいと御所望になり、臣下が気を利かせて
宮廷に移植して御覧に入れ、以来春ごとにこの桜花を愛でられていた。

ところが女帝孝謙天皇のころになって、当時飛ぶ鳥も落とす勢力を
誇示していた興福寺の僧達はこの名桜を宮廷に置くことを喜ばず
権力をもってこの桜を興福寺の東円堂前(旧奈良学芸大学正門内)に
移植して興福寺の名桜として誇っていた。
との言い伝えがある。

しかし、多数の古歌、古図、史実に掲載されている桜が
いかなる種類に属する桜であるか検討したものがなかった。

大正11年(1922) 植物学の権威である三好学博士が
一般の桜がほぼ散った4月の末の頃、奈良の正倉院東隣の丘の上にある
世人から隔離され、訪ねる人も少ない知足院の裏山の藪の中に
赤い芽ざしの葉と花とを調和よく同時につけ、いとも優雅な気品のある
他に類例を見ない八重桜が咲き盛っているのを見て、調査の結果
これこそ古来から古記録、古歌、史実などに現れている貴重な八重桜と
よく符合することを確認して、その結果を植物学雑誌に独文で報告、
記述し、桜の新種「ナラノヤエザクラ」と発表した。

さらに大正12年(1923)には、文学上、歴史、植物学上貴重であり、
稀珍な存在であるとして、知足院奈良八重桜を天然記念物に指定して
今日に及んでいる。
なお、この桜の増殖は非常に困難であり、保存に意を用いないと
絶滅する運命にあり、この種の老樹は、ほとんど枯れてしまっているのは
残念である。 』                 ( 万葉の草、木、花 朝日新聞社 )

「 『 いにしへの 寧楽(なら)のみやこの やえざくら 』―
                ふとくちずさみ 涙うかべり  」    土岐善麿

ナラヤエザクラは増殖力が弱く、現在は東大寺知足院で小ぶりのものしか
見ることが出来ませんが、他の種の八重桜はいたるところで豪華絢爛な花を
咲かせており、中でも、新宿御苑、大阪の造幣局の「桜の通り抜け」が
よく知られています。

    「 奈良七重 七堂伽藍 八重ざくら 」   芭蕉




                  万葉集629 ( 八重桜 )完



                  次回の更新は4月28日の予定です。
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by uqrx74fd | 2017-04-20 19:57 | 植物

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