万葉集その六百三十八 (めづらし)

( 弓月ヶ岳にわく雲   奈良 山の辺の道 )
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( 万葉人は雲をながめながら恋人を想った )
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( 名のるという言葉はホトトギスから生まれた )
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( 名のるという言葉を最初に使ったのは大伴家持 )
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( 万葉で卯の花と詠われているシロバナヤエウツギ )
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( ヒメウツギ )
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( 梅花ウツギ )
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( 間もなく七夕 めづらしわが恋人よ  奈良万葉植物園 )
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万葉集その六百三十八 (めづらし)

「めづらし」とは優れた対象に心惹かれる意で、特にその目新しさに魅せられる
気持を含み持つ言葉です。

万葉集の原文表記に「希見」(めづらし)とあり、もっと見たいという気持ちや、
愛すべく賞賛すべき、あるいは、見ることが少ない、特別である等
様々なニユーアンスを込めて使われており、26例見えますが、
1300年も前の言葉が現在でもほぼ同じ意味で日常使われているとは、
驚きを禁じ得ません。

なお、語源は「愛(めず)らし」とか。(語源辞典 吉田金彦 東京堂出版)

「 青山の 嶺(みね)の白雲 朝に日(け)に
    常に見れども めづらし我(あ)が君 」 
                           巻3-377 湯原王

( 青い山の嶺にかかる白雲、その雲のように朝夕いつもお会いしていますが
 ちっとも見飽きることがありません。
 我が君よ。)

作者は志貴皇子の子(天智天皇孫)
客人、石上乙麻呂を迎えた宴席での歓迎歌。
ここでの「めづらし」は「心惹かれる」の意です。

通い婚の時代、男も女も互いに雲を眺めながら恋人の面影を追い、
旅にあっては故郷の方向に向かって流れゆく雲に伝言を託すような
思いで詠っていました。

「 暁(あかとき)に 名告(なの)り鳴くなる ほととぎす
    いやめづらしく 思ほゆるかも 」 
                         巻18-4084 大伴家持

( 暁の闇に中で、我が名を名のって鳴く時鳥。
 その初音を聞くと 貴女様がいよいよ懐かしく思われてなりません。)


越中に赴任した作者が、都の叔母、大伴坂上郎女に送った歌の1つ。
時鳥を名のる鳥と詠ったのは家持が最初とされています。

以下は伊藤博氏の解説です。( 万葉集釋注9)

「 一声天をめぐる。 
  時鳥の声は広く万葉人の心を刻んだ。
  鋭い声で夜となく昼となく鳴きながら、姿をみせることはほとんどない。
  声への関心は高まらざるをえない。

  そのそも、ホトトギスと称するその名が、鳴き声に由来する。
  しかも、百鳥の鳴き騒ぐ春ではなく、夏到来と共にひとりやってきて
  一声天をめぐるのである。
  「名のり鳴く」は時鳥によって時鳥のために生れた語である。」

「 卯の花の ともにし鳴けば ほととぎす
    いやめづらしも  名告(なの)り鳴くなへ 」 
                           巻18-4091 大伴家持

(  「卯の花は自分の連れ合いですよ」といわんばかりに鳴く時鳥。
   その鳴く声にはますます心惹かれる。
   自分はホトトギスだと名のりながら鳴いているにつけても。)

時鳥の鳴き声を「ホトトギス」と聞きなして、自身の名を名のっていると
詠っています。

卯の花は初夏に白い花を咲かせ、現在名は空木(うつぎ)です。

「ともにし鳴けば」:「伴にし鳴けば」で「連れ合いとして鳴くものだから」

「 紅の 八しほの衣 朝な朝な
     なれはすれども  いやめづらしも 」 
                        巻11-2623 作者未詳

(  紅の何度も染め重ねた八汐の衣。
   その衣を毎日着ていると馴れ親しんでくるが、
   お前さんも毎日抱いているとますます可愛いわい。)

        八しほ: 「八」 回数が多いの意。
              「しほ」 衣を染料に浸す回数をしめす言葉

「 衣は着る回数を重ねる度に体になじんでくるが、
  可愛いあの子も抱けば抱くほど素晴らしい。
  あぁ、いやいや、愛(う)いやつだ 」

と臆面もなくのろけている男です。

万葉時代に盛んに詠われた「めづらし」は現在の日常会話では
よく使われていますが、歌の世界ではほとんど見えなくなり、
わずかに茂吉が詠っているのみです。

「 味噌汁に 笹竹の子を 入れたるを
   あな珍(めづ)ら あな難有(ありがた)と 云ひつつ居たり 」

                       斎藤茂吉 ともしび


         万葉集638 (めづらし) 完


次回の更新は 6月30日(金)の予定です。
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by uqrx74fd | 2017-06-22 17:40 | 心象

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