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万葉集その六百四十一 (紅花の季節)

( 紅花  長福寿寺   千葉 )
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(  同上 )
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(  長福寿寺の紅花畑  この地方の紅花が最上に移されたとの説がある )
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( 乾燥させた紅花   国立歴史民俗博物館  佐倉市 )
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(  紅餅   同上 )
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( 最上から京へ   紅花船   同上 )
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( 紅花染めの実演  長福寿寺 )
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( 古代の紅花染振袖  少し黄色ががっている  
              中江克己著 色の名前で読み解く日本史 青春出版社 )
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万葉集その六百四十一 (紅花の季節)

古代赤色植物染料の主役は我国原産の茜と紅花。
中でも紅の鮮やかな色は人々の憧れの的でした。
中近東、エジプトを経て3世紀頃中国、呉から我国に渡来した紅花は
当初「呉の藍」(「藍」は染料の総称)、すなわち「呉から来た染料」とよばれました。

その「呉の藍」(くれのあい)が縮まって「くれない」となり、「紅」の字が
当てられたのですが、不思議なことに大宝衣服令で「紅」を
「ひ」(緋:黄色かかった赤色)と訓ませています。

というのは、紅花には赤と黄の色素が含まれており、当時の技術では
鮮やかな赤色だけをうまく分離させて抽出することが不可能で、
黄味をおびた赤色にしか染めることが出来なかったのです。

古代王朝人にとって燃えるような赤は紫とともに夢の色。
なんとか鮮やかな濃紅を作りだしたいと試行錯誤を繰り返し、
ついに黄色の色素は水に流れ、赤は水溶性がないことを突き止めます。

紅花は7月ごろに鮮黄色の花が咲き、やがて赤みを増していきますが、
赤くなる前に摘み、花びらを水で洗って黄色素を流出させ、
残った花びらを絞って染液を取り出す。

それでも、まだまだ満足できる赤が生まれません。

失敗を繰り返しながら根気よく情熱を傾けて取り組む。
その結果、奈良時代の終わりから平安時代にかけ、遂に理想としていた
鮮紅色に染め上げる方法を見つけ出しました。

まず、染めた衣の色を定着させるため、黄色素に染まらない麻布を染める。
薄赤に染まった麻布取り出し灰汁につけ紅色素を溶かす。
そこに梅酢をくわえ、絹布を浸して赤色に染める。
これを何度も繰り返すと鮮やかな紅色になったのです。
灰汁や梅酢の成分や配合は各職人の秘伝。
同じように染めても、色が微妙に違うのは致し方ありません。

「 紅の 深染めの衣(きぬ) 下に着て
     上に取り着(き)ば 言(こと)なさむかも 」 
                        巻7-1313 作者未詳

( 濃い紅色で染めた着物、それを肌着にしていたあとで
 改めてよそ行きとして上に着たりしたら、世間様は噂を立てるだろうかな。)

深染めの衣は美しい女を比喩しています。
「下に着る」は女との内々の関係、「上に着る」は正式な妻として迎えることを
指しているようです。

噂を気にしなければならないのは、なにか障りがある関係なのでしょうか。
例えば遊女、人妻、釣り合わない身分など。

濃紅の衣を染めるには、絹2反に対して紅花12㎏必要とされ
途方もない高価な贅沢品。
宮廷の女房の公服などに使うと、大変な浪費になるので朝廷は禁色にしますが、
貴族や大金持は内々に着物を作り、女性に与えていたのでしょう。

濃紅の衣は何度も染めるので「八汐の衣」ともいいます。

八しほ: 「八」 回数が多いの意。
     「しほ」 衣を染料に浸す回数をしめす言葉

「 言ふ言(こと)の 恐(かしこ)き国ぞ 紅(くれなゐ)の
    色にな出(い)でそ  思ひ死ぬとも 」 
                      巻4-638  大伴坂上郎女

( 他人の噂が怖い国がらです。
 だから、あなた、想う気持ちを顔に出してはいけませんよ 。
 たとえ焦がれ死にするようなことがあっても 。)

相手は誰か不明ですが、この歌の後に6首も続いているので
甥の大伴家持に恋歌の手ほどきをしているのかもしれません。

「紅の色に出で」: 鮮やかの色のように他人に知られるの意。
「な―そ」で禁止の言葉となる。(色にな出でそ)
当時,人の噂になったらその恋は成就しなくなると信じられていました。

「 紅に 染めてし衣(ころも) 雨降りて
     にほひは すとも うつろはめやも 」 
                    巻16-3877 作者未詳

( 紅にしっぽり染め上げた衣だもの 雨に降られて、一層美しく
  映えるようなことがあっても、色褪せるなどありましょうや。)

大分県南部の海人郡で詠われたと註にあり。
「紅に染めてし衣」は深い契りを交わした仲。
「雨降るは二人の仲を裂こうとする人がいる」譬え。

親か周りのものが反対しているのかもしれませんが、
なかなか艶っぽい歌です。

「 紅摘みに 露の干ぬ間と いふ時間 」 田畑美穂女

紅花を摘む作業は刺(とげ)がチクチクと皮膚を刺すので、早朝、朝露で刺が
柔らかくなっている間に行い、茎の先端に咲く花を摘み取ることから
「末摘花」ともよばれています。

紅花から染料や口紅を作るのは大変な作業が必要とされました。
花を摘み、水洗いをして黄色い色素を洗い流し、
発酵させて餅のように搗いた後、筵に並べてせんべい状にしてから乾燥させ
紅餅といわれるものをつくる。
出来上がった紅餅は、紅花商人を経て都の紅屋売られ、それぞれの秘伝の技術や
灰汁などを加えてようやく染料や口紅になったのです。

紅花の栽培地は山形県の月山の麓や最上川のほとりがよく知られていますが、
昔は伊勢、武蔵、上総、下総など二十四か国が税として納めており、
出羽最上が産地として台頭するのは江戸時代からです。

その種は長南(千葉県)からもたらされたとも伝えられていますが、
栽培の最適地は、花が成長する春から夏にかけて朝霧が立ち、
直接日光が当たる時間が短い場所。
この条件に合うのなら全国どこでも栽培できたようです。

以下は 水上勉著 「紅花物語」からです。

『  花は紅花というて、最上川や仙台にでける花と、伊賀にでける花とがある。
   どちらも似たようなもんやけど、それぞれ土地の性質が花に出て、
   とれる紅はちがうんや。

  その点、わいのつかう紅には、最上の紅がいちばんよいが、伊賀にも
  よいのはある、、、、。

  花は毎年四月、八十八夜にタネをまいて、、、、丹精した畠でつくるんやけんど、
  紅花はぜいたくな苗で、土みしりしよる。
  去年の畠では でけんのや。

  ナスやキュウリとちがうて、めんどうなもんでな。
  四月にまいたタネが苗になると すこしずつ つまびいて、
  畔に二列に、とびとびにして大きくしてゆくわけや。
  花は七月に咲きよる。
  これがなんとケシの花みたいで、まっ黄色い。

  ところが、これを摘んで、団子にしてゆくうちに、だんだん紅うなってきよる。
  不思議な花や。 』
                                   ( 主婦の友社より)

   「 奈良へ通ふ 商人住めり 紅の花 」 正岡子規

          奈良の月ヶ瀬は梅の名所。
          梅酢は紅作りの重要な原料です。




           万葉集641 (紅花の季節) 完


          次回の更新は7月21日の予定です。

by uqrx74fd | 2017-07-13 19:45 | 植物

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